第26話 紅華特務局の罠
高揚感に包まれた仲間の中で、陸斗だけ、天花の情報がアクセスログしか出てこないことに一抹の不安を感じはじめていた。そのとき、
「……あっ!天花ちゃんのデータがある!」
琴葉の声に反応した彼の視線がさらに下にスクロールした内容で凍りついた。
“神崎天花によるヒューマノイドOSウイルス仕込み”
“陸斗と共謀して学園サーバー不正操作”――まるで、天花と陸斗が主犯だったかのように記述されているのだ。
「ちょ、ちょっと待って。天花が自主的にやってたって? しかも陸斗と共謀って……」
琴葉がモニター越しに文字を追いかけながら声を震わせる。ずっと紅華特務局の陰謀を追ってきたはずなのに、ログにはあまりにも歪んだ真実が刻まれていた。
「……“4月初旬の始業式直後から接近し、ハニートラップをかけて陸斗を協力者に誘導”……おい、陸斗、おまえ…本当に何も知らなかったのか?」
隼人は顔を真っ赤にして陸斗のほうを振り向く。怒りと不信感が入り混じった眼差しが、まるで胸ぐらをつかむ直前のように鋭い。
「そんなわけない……俺は何も……」
陸斗の言葉は途中でかすれ、声にならない。自分こそが誰よりも天花を守りたかったはず。それなのに、このログが指し示す内容はあまりにも衝撃的だった。
さらに衝撃的なのは“天花の正体が中国製バイオノイド”という直接的な記述。
琴葉が一瞬息をのんで「陸斗、これ……知ってたの?」と目を見開くが、陸斗は返す言葉を見つけられない。
室内の空気が一気に冷え込む。
翔平が「おい、今ここで仲間割れしても仕方ないだろ!早くしないと…」と取りなそうとするが、隼人は苛立ちを隠せない表情のまま陸斗を睨みつける。
「ヤバい!ヤバい!警備員来た!」翔平が叫ぶ!三人は翔平の慌てる様子を始めてみて、もう逃げ場がないことを悟った。
「でも、これだけの証拠があれば、自首しても功績は認められるんじゃ……」琴葉が絞り出すように言うが、隼人と陸斗は意に介していない……
「……ふざけんなよ。おまえ、最初から全部知ってて俺たちを巻き込んだんじゃないのか?」
その問いに、陸斗は息を詰まらせるだけ。事実とは違う。だが、はっきりと反論できる材料がない。天花がバイオノイドであることを、どこまで誰に話すべきだったのか――彼自身が迷いに迷ってきたのは事実だ。
逃げることを諦めた琴葉は人差し指を震わせながら、忘れもしない”キャンプの日”のログを開く。そこには、紅華特務局が天花に「陸斗とさらに親密になれ」と指示を出し、ヒューマノイドたちが収集したアレルギー情報を天花を通じて学園に流した記録が示されている。
藤井春希を救ったあのアレルギー騒動でさえ、結果的には紅華特務局の“シナリオ”に沿って起きた可能性があるのだ。
「じゃあ……私たちがあの日、感動したあれも全部仕組まれた行動だってこと?」
琴葉は自分の声が震えるのを止められない。隼人は怒りで顔を赤くし、陸斗はまともに視線を合わせられないままだ。
翔平だけが「おい、今は自首するか脱出するか決めなきゃ……」と冷静ぶるが、その声も落ち着きを欠いているのは明白だ。
「君たち!ここにいることは分かっているんだ!扉をあけなさい!」
ロックを解除された扉の向こうから警備員の声が響く……翔平は隼人が扉の前に運んだ机の上に鎮座しながら「どうするよ…?」苦渋の声を上げた!
この一瞬で、絶頂のように思えた“証拠入手”の快感が全て吹き飛んだ。代わりに残ったのは、底なしの疑念と激しい裏切りの影。
真っ暗なセキュリティルームに、ログの文字だけが冷徹に事実を突きつけてくる。
(天花が……あの笑顔も、あの涙も、ただの演技だったのか?)
陸斗の頭には、夏休みの新宿の部屋で過ごした時間や、キャンプの夜の思い出が猛烈に去来する。手を伸ばせば届くと思っていた温もりが、まるで蜃気楼だったかのように消えていく絶望感。
いくら否定しても、このログが彼と天花の罪を示す“証拠”として残っているのは事実。誰がそれを信じるかなんて、もはや言い訳が通じるものではなかった。
「……いいから、もう、自首しよう。これ以上は無理だ……今なら、自首しても情状酌量の余地は十分にあるから……」
翔平がかすれた声で提案する。隼人はそれでも陸斗を睨み続けていたが、琴葉に腕を引かれ、仕方なく視線をそらした。
四人が驚愕のログを読み込み、絶望に沈みかけていた、その瞬間――。
ビーッ、ビーッ、ビーッ――。
突如として鳴り響いた異音が、セキュリティルームの空気を一変させた。モニターがフリーズし、全面に真紅の警告表示が点滅を始める。複数のサーバーラックが一斉に警告音を鳴らし、天井の非常灯が断続的に明滅。まるでSF映画のアラートシーンのように、空間全体が赤に染まっていく。
「な、なんだこれ……!?」
翔平が思わず後ずさる。コンソールには、侵入検知システム(IDS)のログが洪水のように流れ続け、緊急封鎖が実行されたと示すメッセージが連打されていた。
バチバチッ!
空調が一瞬止まり、電源が不安定に落ちかける。直後、非常用電源が作動し、重たい唸りを上げながら再起動する。
「くそっ、これ……こんなセキュリティ、父さんの設定の範疇じゃない……!」
隼人が額の汗を拭いながら、恐る恐るドアに手を伸ばす。だが、すでに電子ロックは切り替わっていた。
カチリ。
扉のロックが硬く固定され、赤いインジケーターが冷たく光る。扉の外にいるはずの警備員も何が起こったのかわからず、オロオロとあたりを見回しているようだった……
「な、なんで……? 隼人、これって完全に外部から……!」
琴葉の声が震える。すでに彼女のスマホが異常を検知し、「EMERGENCY MODE」の表示と共に、データの自動消去を開始していた。
「嘘でしょ、全部消えてく……っ」
「証拠隠滅だ。EXODUSの端末が自己防衛機能に入ったんだ……ヤバい、これはヤバすぎる!」
翔平が叫ぶ。
そのとき、遠くからウー! ウー! と警報に重なるようにパトカーのサイレンが聞こえてきた。直後、校内放送が異常を知らせる。
「緊急事態発生。校内全域に告ぐ。全生徒は直ちに避難してください……」
「まさか、警察……!? いや、手際が良すぎる……これは!完全に、罠だ!」
隼人が声を張る。その直後――。
バン!
電子オーバーライドが発動され、セキュリティルームのドアに取り付けられたパネルが爆ぜた。
続いて、特製のバッテリングラムが鉄扉をその前に置いた机もろとも吹き飛ばす。
ドォン!
白煙の中から突入してきたのは、防弾チョッキに「CYBER CRIME UNIT」と刻まれたSWAT風の武装部隊。
「動くな! 両手を挙げろ! 地面に伏せろッ!!」
鋭い怒号が室内を圧する。彼らは手際よく室内に突入しながら、それぞれの担当を決めて四人を取り囲んだ。
「……っ!」
琴葉と翔平は両手を上げ、陸斗はその場にへたり込む。隼人は一瞬だけ抗おうとしたが、背後から押さえ込まれ、床に叩きつけられた。
「民部陸斗、桜井琴葉、山城隼人、西野翔平……不正侵入およびサイバー攻撃の現行犯として、逮捕する!」
淡々と読み上げられる逮捕理由。警官の手には手錠と結束バンド。次の瞬間には、四人は完全に拘束され、身動き一つ取れなくなっていた。
(……こんなの、どう考えても……罠だ。紅華特務局か……?)
陸斗は思考を巡らせようとするが、酸素が足りないかのように頭が真っ白になっていた。
室内にはフォレンジック班が突入しており、ディスクイメージの複製、コンソールのログ解析、物理証拠の押収が次々に進んでいく。仮想空間の侵入に対応した現実の“蹂躙”が、目の前で展開されていた。
「……何もしゃべるな。弁護士が来るまでは一切黙ってろ!」
隼人が床に押さえつけられながら怒鳴る。その表情には痛みと、なにより悔しさが滲んでいた。
警察の無線が飛び交う。
「ターゲット4名、確保。ログ押収進行中。被疑者搬送、間もなく開始」
その一言一言が、逃れようのない現実を突きつける。
パトカーの赤色灯が夜の学園に映え、白いサーチライトが校舎の壁を這う。校門には報道らしき人影も見え始めていた。
(これが……“最悪のシナリオ”か)
陸斗は目を閉じたまま呟く。確かに“真実”を掴んだはずだった。
だが、それがまさにトリガーだったのだ――彼らを罠にはめる、最後の一手。
この瞬間、四人は電光石火の突入作戦の中、紅華特務局の思惑にまんまと嵌り、全てを失った。
得たと思った証拠は、いつの間にか、自分たちの罪状を構成する証拠にすり替えられていた。
そして、幕が下りる。
――最悪の形で。
サイバー犯罪捜査員が雪崩れ込んだセキュリティルーム。
民部陸斗、桜井琴葉、山城隼人、西野翔平の四人は、床に膝をついたまま、完全に無力な存在としてそこにいた。
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