第22話 西野翔平の参入

 放課後の昇降口。民部陸斗、桜井琴葉、山城隼人の三人が、人目を避けるように連れ立って校舎を後にしようとしていたところに、パタパタと軽快な足音が響いた。

「おーい、待ってー!」

 ひょっこり現れたのは西野翔平。お馴染みの人懐っこい笑顔を浮かべながら、まるで人の悩みも気にしない様子で駆け寄ってくる。

「なんだよ最近、やたら三人でつるんでんじゃん?しかも陸斗、お前、琴葉とそんな仲だったの?スクープだぞ?オレ、取材しちゃうぞ?」

「乗り換えとか、ないってば!」

「翔平くん、そういうのほんとやめて……!」

 陸斗と琴葉が揃って慌てて否定するも、翔平は「完全否定とは言ってないなぁ?」と満足げにニヤつく。

 隼人が珍しく真顔で言葉を差し挟んだ。

「おい、西野。からかうのもたいがいにしろ」

「おっと、理事の息子から警告きた。……でもさ、本当は何かやってんでしょ?オレに隠しごとなんて無理だぜ?」

 口調はいつも通り軽いが、その眼差しにはどこか鋭さがあった。三人の間に一瞬、緊張が走る。

 琴葉が深くため息をつき、陸斗に視線を送る。

(ここで追い払うのは逆効果かもしれない)


「……まぁ、帰るだけだしな。翔平、別に用ないなら混ざれば?」

「やった!やっぱ俺ら、なんだかんだ言って仲良しだなぁ……」

 翔平は満面の笑みを浮かべながら自然に列に加わった。陸斗は翔平に申し訳ないと思いつつ、翔平には、グループの抱えるシリアスなミッションについてのクッション的な役割を期待していた。

 四人で校門を出て並んで歩き出すと、翔平はさっそく調子を上げた。


「でさ、琴葉と陸斗の距離はどうなってるの?ねぇ隼人、君的にはアリ?貴族階級から見てどうなのさ?」

「……は?」

 琴葉が静かに睨みを利かせ、隼人は咳払いで誤魔化そうとするが明らかに動揺している。

「西野、限度をわきまえろ」

「えー?友情ってさ、時に無遠慮なくらいがいいんだって。ほら、オレみたいな奴が混ざってれば、外から見たらただのバカ騒ぎでしょ?」

 翔平は軽口を飛ばしながらも、三人を順番に見つめていた。まるで何かを測っているかのように。

(……なんだ、こいつ、ただの冷やかしじゃない……?)

 陸斗はちょっとした違和感を覚えながらも、翔平の“うるささ”に救われている自分がいるのも事実だった。

 翔平は「三角関係?四角関係?探偵団?調査班?」などとしつこく勝手な命名を続けるが、誰も本気で怒る者はいなかった。琴葉は苦笑し、隼人は静かに「……父のことを理事理事言うのはやめてくれ」と呟いた。

 ふと、翔平が陸斗の隣に移動してぽんと肩を叩いた。


「天花ちゃん、戻ってくるといいな。オレだって……心配してるんだぜ?何かオレなりに手伝えること、あるかもしれないし……」

 その一言だけは、どこまでも真剣な響きを帯びていた。

 陸斗は言葉を返せず、ただ静かに頷いた。

(……翔平もまた、俺たちと同じくらい、何かを知ろうとしてるのかもしれない)


 それは確信には至らない。だが、心のどこかで感じる“勘”のようなものだった。

 こうして、西野翔平が“騒がしさ”と“鋭さ”を同時に持ち込みながら、四人の仲間として加わった。

 まだ核心には踏み込ませていない。だが、彼の存在が絶妙な“カモフラージュ”となり、これからの行動に自由と余白を与えてくれることは間違いなかった。


 秋の風が、廊下を抜けるように通り過ぎる。

 空気がほんの少しだけ落ち着きを取り戻しつつある放課後。

 民部陸斗、桜井琴葉、山城隼人、西野翔平の四人は、再び“神崎天花”と“紅華特務局”の謎に向き合おうとしていた。


 琴葉は情報センターでEXODUSからもらったスマホを経由して、中国系企業の怪しいデータ群を入手していた。それと、陸斗が天花との会話から得た断片情報、隼人が父親のデータからこっそり引き出した企業リスト――三つの情報が、奇妙な一致を見せ、四人はいよいよ問題の存在について確信を深めていった。


「……マジかよ。これ、学園のサーバーが外部と通信してる回数、去年の千倍超えてるぞ。ありえないだろ、これ」

 隼人が眉をひそめながら、モニターのグラフを指さす。そこには通信ログと企業接続先を照合したデータが視覚的に表示されていた。

 陸斗も思わず身を乗り出す。

「ヒューマノイドのメンテデータが、国外サーバーに飛ばされてる……?学内の保守委託業務じゃ説明つかないよな」

「しかも、一部のデータには不自然なハッシュが二重にかけられてる。普通の運用なら、こんな暗号化の仕方はしないよ」


 琴葉がタブレットをスクロールしながら説明する。EXODUSからの正式な支援は得られていないが、掲示板情報やフォーラムの匿名投稿、独自に入手した学園ネットワークの断片的な記録。それらが今、少しずつ“輪郭”を帯びて繋がりはじめていた。

「でさ、結局これは――特務局が、ヒューマノイドに“何か”させようとしてるって解釈で合ってるのか?」

 翔平が腕を組みながら、あくまで軽い調子で尋ねる。

「うん、そう考えていいと思う。でも、それが“何”なのかは、まだ分からない」

 琴葉の言葉に、陸斗がぽつりと口を開いた。


「……天花、最後に言ってたんだ。“特務局が静かすぎる”って。不気味だって……今になって思えば、あれが前触れだったのかもしれない」

「いやそれさ、“静かすぎる”ってさ、嵐の前の静けさってやつじゃん?っていうか、天花ちゃん何でそんなことまで知ってるの?まるで天花ちゃんがヒューマノイドを操ってるってクラスメートの陰謀論、証明しますみたいな~……」

 翔平がいつもの調子で茶化すが、今回は誰も笑わなかった。

 隼人が静かに言う。

「紅華特務局は、学園のヒューマノイドたちを使って、何かを仕掛ける次の段階に移ろうとしている……。その準備が、もう動き出してると見るべきかもな」

 不穏な空気が、図書室の隅にまで漂った。

「ふーん。でも、だったら天花ちゃんもそこに戻ってくる可能性あるんじゃね? 俺、そこが一番気になるんだけど」

 翔平はあくまで軽く、だが妙に鋭い問いを差し込んできた。

 その一言は、誰もが胸のどこかで思いながらも口にしなかった“本音”だった。

「いや、そう簡単には……」

 陸斗は天花こそ核心にいることを知っているからこそ、反射的に否定しかけたが、翔平の言葉の裏にある優しさのようなものに気づき、言いよどむ。

 琴葉の視線が真剣になる。

「もし紅華特務局が次の指令を仕掛けるなら、私たちもタイミングを見極めて動かなきゃ。うかつに踏み込めば、隼人くんの家にも影響が出るかもしれない」

「……それ、うちの父にバレたら速攻で止められるやつだな。たぶん、保護されて軟禁コース」

 隼人が苦笑するが、誰も笑えなかった。


 静寂のなか、陸斗がふと口を開いた。

「でも、やらなきゃ。ここで止まったら、天花には……もう会えない気がする」

 その呟きに、誰も反論しなかった。

 琴葉は使命感に、隼人は理性と責任に、そして翔平は、茶化す姿勢の裏で何か深いものを抱えているようだった。

 四人の心に、それぞれの理由が静かに灯っていた。


 図書室の机上には、学園のサーバーログや中国系企業の買収リスト、暗号通信フォーラムのキャッシュ記録などが散らばっていた。普通のクラスメイトが見たら、間違いなく「何の課題?」と聞き返してきそうな代物ばかり。

「えーと……“紅華特務局”の名前が、ここまでしっかり絡んでるとはね」

 翔平が仮想プリントをめくりながら、珍しく真剣な顔で呟いた。

「ログを解析すると、学園買収につながりそうなやり取りが含まれてる。さらに、ヒューマノイドOSの改ざんを示唆する指令も……」

 琴葉がタブレットを示しつつ言う。

「確実な証拠とは言えないけど、ここまで状況証拠が揃えば、あの紅華特務局が組織が動いていると断じてもよさそう……」

「でも……どれも“状況証拠”に過ぎないんだよな……」

 隼人が腕を組みながら、苦々しい顔を見せた。

「もっと踏み込まないと、紅華特務局との接点は証明できない。けど、動けばリスクも跳ね上がる」


 静まり返った図書室に、四人の声だけが交差する。外部からの反撃、情報漏洩、予期せぬ巻き込み――危険は尽きない。

 それでも、全員が自然と目を合わせた。

「……どうする?」

 陸斗が静かに訊ねる。

「行くしかないでしょ。ここまで来て立ち止まるなんて、できるわけないっしょ……」

 翔平が肩をすくめ、少しだけ笑ってみせた。

「私も同感。見過ごすにはあまりにも異常すぎる……」

 琴葉が力強く頷く。隼人も、しばし沈黙の後、静かに息を吐いて言った。

「……逃げても、意味ない。俺も、行く」

「じゃあ、もう一歩踏み込もう」

 陸斗が言ったその瞬間、四人の意志はひとつになった。


 数日後。

 解析と照合の結果、“紅華特務局から学園に送られた可能性のある指令ログ”が検出された。それは、ヒューマノイドOSに“次の行動”を指示するコードだった。

 画面に表示されたその文字列を見つめながら、四人は誰からともなく息を呑む。

「これ……次に何かが起きるとしたら、たぶん、けっこうヤバいやつだよな……ヒューマノイドによる明らかな情報漏洩と破壊活動……」

 陸斗が言うと、琴葉と隼人が頷いた。

 翔平も「おれたち学園の秘密警察!」と笑いながら言ったが、その目にはいつになく真剣な光が宿っていた。

 彼らは今、紅華特務局の“尻尾”を掴もうとしていた。

 だが同時に、それは相手に動きを感づかれるリスクをも孕んでいたが、もう引き返す気持ちはなかった。

 視線の先にあるものが闇だとしても。

――その向こうに、神崎天花がいると信じている限り。

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