第6話 隠された本音と真心

 そんな中でも、学園生活は容赦なく進行する。夏休み前の宿泊研修、通称キャンプに向けた準備が佳境に入り、俺(民部陸斗)は副委員長として奔走していた。

 クラスメイトに声をかけて資料を読ませ、意見を集約する。AIやヒューマノイドが書類整理や日程調整を助けてくれるとはいえ、最後は人の言葉で同意を取る必要がある。

「陸斗、最近めっちゃ動いてない?」

「たまには、ちゃんとやらないとな」

 クラスメイトからのそんな声に、少し得意な気持ちもあった。

 でも本音を言えば、そんなに立派な動機ではない。

(天花に自然に話しかけられるチャンスが増えるから)

 クラス全体に関わる立場であれば、特定の誰かに近づくことも不自然じゃなくなる。建前は「クラスのため」。でも、その実は……

 

 あの夜、天花と共有した“秘密”

 言葉にはできないあの体験が、これからまた何かを呼び起こすのかもしれない。俺は書類を抱えて廊下を歩く。天花の名前が載った班表を確認しながら、心のどこかで小さな緊張を感じていた。

(もうすぐ、彼女の正体に近づけるかもしれない)

 そんな期待と不安が、同時に胸を締めつけていた。


 定期試験が終わった……梅雨はまだ明けていないはずなのに、真夏顔負けの熱気が教室を満たしていた。中庭の百葉箱は37℃を指し、エアコンの吹き出し口から出る弱々しい冷気の設定は28℃…

「誰かエアコンの設定温度下げてもらえるように環境委員会に直訴してこいっつーの!」

「いや~無駄に怒っても余計に暑くなるだけっすよ……」

 汗ばんだ級友たちは椅子に斜めに腰かけたり、プラスティックシートを団扇代わりにしながら、小さな歓声やため息を飛び交わせている。

 そんな雑踏の中で、民部陸斗は自分の結果を見つめた――“上の下”。トップ層には届かなかったが、ここ数年でいちばん手応えのある成績だ。思わずガッツポーズをしかけて、慌てて拳を引っ込める。


 一方で、神崎天花はといえば、答案を持ったまま肩を落としていた。成績表の範囲は“中の下”けれど、友人たちはあっけらかんと背中を叩き、

「ギリ目標ライン?でも天花ちゃんなら次はなんとかなるっしょ!」

と軽やかな声援を送る。

 だが誰かが数学の難問を「どう解くの?」と尋ねると、天花は無造作にノートの片隅へメモを取る

「ここ、補足線に接する円を描いて視点を切り替えたら、三角形の相似で一気に片づくよ」

 作図は流れるように的確で、解説は見事にコンパクト。


 さらに歴史の問題で友人の中途半端な解説を聞けば、天花は教科書をぱたんと閉じる。

「列強の思惑が裏で絡んでるから、国内だけじゃなく当時の国際バランスを見ると全体がつながるよ」

 友人たちはわぁっと声を上げ、スマホを取り出す。

「それ、黒ねこちゃんの歴史講座の動画?あの猫耳の先生かわいくて頭入る~!」

「よかったらリンク送るね」

 天花が笑って振り返ると、教室の空気は一瞬で柔らかく跳ねた。

(試験“中の下”でメタ視点の解説かよ。やっぱ本気隠してるよな……)

 陸斗はプリントを扇子代わりにしながら、そんなことを思った。


 そして恒例の全校合同体育祭。校庭は真っ白な入道雲と太陽の競演で、アスファルトの照り返しが目に痛いほどだ。

 天花はバレーボールに出場。初心者らしいぎこちないフォーム……のフリをしつつ、結果的にはガチの部員も舌を巻く絶妙トスでアタッカー陣を覚醒させ、クラスは破竹の連勝。試合後、バレー部の部長がタオルで汗を拭きながら詰め寄る。

「マジで入部しない?ウチ、人手足りなくて――」

「放課後はボランティアがあるから、ごめんなさい!」

 にこりと断るその笑顔に、陸斗は背筋をぞわりとさせる。

(下手なふりをキープしながら勝たせるとか、斜め上すぎるだろ……)


 そのあと陸斗は山城隼人・西野翔平と男子サッカーチームで汗を流していた。試合後のロッカールームは石鹸の匂いと熱気が入り混じり、恒例の“女子トーク速報”が炸裂する。

「○○先輩、今日も神だった」

「いやいや隣の△△ちゃんの声援が尊かったわ」

 タオルで頭をわしゃわしゃ拭きながら翔平がひょいと口角を上げる。

「でもさ、校内ランキング急上昇は天花ちゃんだろ。“謎めいた天然”は強いって」

 すると隼人が唐突に陸斗を小突いた。

「なあ陸斗、お前――天花となんかある?」

「は、ないない!」

 声が半音上ずり、自覚のない赤みが耳に差す。翔平はニヤニヤが止まらない。

「民部だけ対応違くね? ……推しってやつ?」

 冷やかしを受けながら、陸斗は否定の言葉をのみ込む。

(気になってる。けど――それだけじゃない)

 夜の校舎で見た彼女の戦う横顔。差し伸べられた手の温度。耳の奥に残る機械音と鼓動。すべてが脈打つように蘇る。


 クラスは相変わらず和やかで、スマホのフォトライブラリには寄り添うピースサインがぎゅうぎゅう詰めに並ぶ。けれど、その奥で青いバッジを胸に付けたヒューマノイドたちが、まるで壁の一部のように立ち尽くしていた。

 本来なら雑務やトラブル対応が彼らの役目――なのに、陸斗のクラスではクラスメイトの誰かが必ず先に動く。掃除当番は自主的に完了し、学級日誌は琴葉が几帳面にまとめる。だからヒューマノイドの出番が無かった。

 便利だから頼る。でも、頼りすぎたら自分たちは退化する?

 ヒューマノイドは“無害”――それはただの願望かもしれない。ふと、そんなことを想う。


 神崎天花。

 そしてヒューマノイド。

 姿形は違えど、「本音を隠した存在」という影がどこかで重なる気がする。軽やかな談笑の裏で、そんなモノローグが小さく鳴った。

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