月の光は銀の色

🌸春渡夏歩🐾

「人間」と「にんげん」

「ああ……。迷っちゃったみたい」


 陽が落ちた森の中。空を見上げて、途方にくれた。痛む前脚。もう、泣きそう。


 ……お月様、助けてください。

 月神様は雲の中。銀の光が足りなくて、あたしは今「にんげん」に戻れない。


 ◇


 昼間に従兄弟いとこ達が話してた。

 今年もポムポムの樹が実をつけてるって。場所のヒントは情熱の丘、それ以上は教えてくれない。意地悪。

 情熱の丘には、一度だけ行ったことがある。おばあと母さんが一緒だった。


 最近、調子のよくないおばあ、大好きな実を食べれば、元気が出ると思ったのに。


 ひとりでだって行ける。

 そう思ったら……。


 くるりと宙返り、姿を変えて、走り出してた。これなら耳も鼻もきくから、きっと見つけられるはず、だった。


『尻尾のある姿で、決して知らないに近づいてはいけない』

銀狐ぎんこの一族」の大事な掟。

 

 銀色の美しい毛皮を求める人間から隠れるため、あたし達は森の奥でひっそり暮らしてる。


 ◇


 お腹が空いて、キュウッと鳴った。

 森の木々の奥にチラと火が見えて、漂う煙と匂いに、引き寄せられていた。


 パチパチとたきぎのはぜる音。

 火のそばでがひとり、鍋をかき混ぜている。

 ときおり、ホゥという鳥の声がする。

 静かな森の中、草を揺らす音が響いて、こちらを見た驚いた顔。


「お前……。もしかして、銀狐の子か?」

 銀色の毛皮に金の瞳、フサフサした尻尾を持つあたし。

「みぃ〜!」

 目一杯、可愛い声で鳴くと、人間の顔がゆるむ。


 右の前脚を上げたまま、歩き方がぎこちないあたしに、

「お前、ケガしてんのか? 親はどうした? ほら、こっちに来い」

  差し出されたのは、干し肉の切れ端! うう、欲しい〜。


 ……この人間は助けてくれるのかな。信じていい?


 干し肉を夢中になって噛んでいる間に、狼爪の横に刺さったトゲトゲ草の種は抜かれて、細い布が巻かれた。


 漂う美味しそうな匂いに鼻がヒクヒクする。

 「腹、減ってるんだろう?」

 器に冷まして入れてくれたのは、たまご入りのおじや。干し肉のスープが美味しい。


 満腹になって、優しく撫でられる手が心地よくて、まぶたが落ちる。


 ◇


 夜中に目が覚めたのは、月の光が射していたから。人間と一緒にくるまってた毛布から、そっと抜け出た。


 空には、まん丸に輝くお月様。月の光が満ちている。

 綺麗な落ち葉を拾い、あたしは唱える。


 月の光は銀の色

 そっと尻尾を隠しましょう

 葉っぱの服を忘れずに

 月神様の力を借りて


 くるんと宙返り……あたしは「にんげん」に戻った。


 ◇


 明るくなって、少女にんげんの姿に驚いた顔は、笑えるくらい。

 腰まで届く銀の髪、金の瞳はそのままに、あたしは手首に巻かれた布を見せた。

「昨日はありがと」

「お、ま、え……。銀狐の子、なのか?」

 そして、急にアワアワしはじめた。

「あ〜、わりぃ。オレ、犬みたいにひっくり返ったお前のお腹を撫でまわしてた」

 あたしはクスクス笑った。

「そうだったね。あたしはフィラ。銀狐の一族の娘。情熱の丘にポムポムの実を探しに行こうとして、迷っちゃったの」

「情熱の丘? オレも向かうところだぞ」

「ホント?! おじさん、一緒に行っていい?」

「おじさんって……。せめて、お兄さんと言ってくれ。オレはカイト。機械屋だ。情熱の丘にある『願いの鐘』を修理しにいくんだ」


 ◇


 情熱の丘へ行く途中のこと。


「ねぇ、どうして助けてくれたの?」

 歩きながら、聞いてみた。

 カイト兄さんは顎をかいて

「どうやらこれはオレの性分らしい。困ってるのを見ると、手を出したくなるんだ。相手が人間じゃなくても、な。人間も悪いもんばかりじゃないって、フィラに思ってもらえたら嬉しいが」


 ふ〜ん。そういうもいるんだ。銀狐を捕まえようとしない人。


「あたしはね、雑狐なの。生まれてから『にんげん』になかなかならないあたしを、母さんはおばあに預けた。人間の父さんとの残り時間を一緒に暮らしたいからって、母さんは里にはいないの」


 あたしは今でも銀狐の姿が楽だ。にんげんになるのは苦手で、月の光の助けが要る。


「人間ってさぁ、すぐ死んじゃうんだよね。百年も生きられないでしょ。月神様にまもられたあたし達は、百歳なんて若造なのに。おばあは、ゆっくり大人になればいいんだよって、言うけど」

「オレは怠け者でさ、時間に限りがあるから、精一杯楽しんで生きようって気になるなぁ」


 ◇


 情熱の丘。

 誰かを、何かを熱く想い、鐘を鳴らすと、願いが叶うと言われてる。


 そのとき、2匹の銀狐が駆けて来るのが見えた。

「フィラ、意地悪言ってごめんな」

「一緒にポムポムの実を探して、帰ろう」

 迎えに来た従兄弟達だった。


「フィラ、さぁ行けよ。これを持ってけ」

 カイト兄さんが投げて寄越したのは、銀狐の姿でも上手く実を運べるような袋。

「ありがとう!」

 袋をつかんで、くるりと宙返る。従兄弟達と戯れながら、丘を駆けた。


 そして……。


 ポムポムの実を袋いっぱい詰め込んで、夕陽に染まる丘を見上げたとき、鐘の音が響いた。



 *** 終わり***

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