13節.アルバの家出


 ダナ周辺には昔からとある奇妙な風習が存在していた。

 7歳の確定申告前の村の子供らに、意味不明な拷問を与えるのだ。


 雪の積もった畑の畦道を、10数名の子供達が走っている。

 皆口から白い息を吐きながら、鼻水も凍る寒波の中、地獄の責め苦を味わされていた。


 その風習というのが、真冬に行われる耐久マラソンだ。 


 幼年期最後の魔力測定、その結果次第で将来が決まると言っても過言ではない。どんな貧民の子でも、魔力が高ければ出世できる可能性がある。その逆もまたしかり。王侯貴族であろうと魔力が低ければその地位を奪われることもあった。


 この国に住む者にとって、7歳の確定申告は非常に重要な意味を持っていた。


 だから、皆魔力を上げるために、何でもいいから努力する。

 藁にもすがるし、真実かどうか怪しい昔からの儀式にも頼ろうとする。

 このマラソンもそんな無駄な足掻きに等しい因習といえた。


 よく理解できないが、体力の限界を超えた先に魔力覚醒があるらしい。

 100年ほど前、死ぬほど走った村人の魔力が爆上がりしたことがあったとのこと。

 偶然じゃねぇのかよ。何の因果関係もないだろうがって突っ込みたいところではある。でも、それ以来、12時間の耐久マラソンがこの村のしきたりになってしまった。

 

 真昼間とは言え、粉雪が舞い散る田舎道を、俺はアルバと一緒に走っていた。他にもダナの領民で、同い年の子供らが後ろでダラダラとくっちゃべりながらついてきていた。「だるい」とか。「寒い」とか文句が聞こえる。気持ちはすげぇ理解できる。

 もちろん道端には俺らを見守る大人達が何人もいた。「頑張れ」「あと5時間だ」とか無責任な応援が聞こえてくる。なんせ12時間走るのだ。水分補給や食事のための休憩所もちゃんと用意されていた。

 俺とアルバも適当に流して、お喋りをしながら走っていた。


「ファーフちゃん、最近私のことアーちゃんって呼んでくれるようになったんですよ」

「ああ、君によく懐いているからな。作ってくれた積み木のおままごとセットが大のお気に入りで離そうとしないよ」

「そうなんですか? よかった。一生懸命作ったかいがありました」

「アルバの弟ももうすぐ2歳だろう? あいつには何か作ってやんないの?」

「リンドは駄目です。あいつは私の作ったものを片っ端から壊してしまうんです。なのに、父上や母上はあいつを甘やかしてばっかりいるんで、将来ろくな大人になりません」

「厳しいなー。これから成長するかもしれないじゃないか」

「私のことを呼び捨てにするんですよ。あいつ私のことを姉だなんて思ってません。リンドだって魔力そんなに多くないのに調子に乗って。もしあいつの代でエジソニア家が潰れたとしても私は助けてあげません」


 相変わらず、アルバはエジソニア家にうまく馴染めていないらしい。魔力欠乏症の疑いがあったのは昔の話、今魔力測定したら可判定くらいにはなりそうなのにな。

 

 俺とアルバは他愛ない会話をしながら軽いジョギングのようなペースで走っていた。こんなんで魔力が上がるわけないので、少し疲れたら歩くのを繰り返していた。


「もうすぐアルバの誕生日だな。なんか欲しいものとかある?」

「だめです! だめっ。そんな、そんな。滅相もありません。あんなにお給料を頂いているのに、これ以上何か貰うなんてとんでもない」


 アルバが素っ頓狂な声を出して首を横に振った。

 ここ一カ月、この娘の俺への恐縮っぷりがひどい。

 その理由はアルバの年末のボーナス含めた給与にあった。

 

 やっとリンデンの工場がフル稼働し始めて、アルバの発明品が市場にどんどん流れ始めたのだ。王侯貴族や富豪を中心に売れ始め、ルター経由で莫大な収入がもたらされた。

 その額、なんと53,000テーリン。

 ナラじゃなく、テーリン。

 金貨が53,000枚だ。素晴らしい。

 これで一気にダナ家は貧乏騎士を卒業し、領地人口経済ともにいっぱしの騎士を名乗ることが出来る。

 それもこれもアルバのおかげだ。

 だから、彼女のこれからの給与は感謝を込めて、2,000テーリンに昇給させておいた。父であるゴンの約3倍の給与だ。

 アルバはずっしり重い金貨の袋を受け取ったまま、しばらく白目になり気絶していたほどだった。


「誕生日プレゼントだよ? 給与とか仕事上のものじゃない。友人として何か君に送りたいんだ」

「友人……ですか。友人……」


 アルバは若干嬉しそうだが、複雑な表情をしていた。

 軽い小走りを一旦止め、俺達は立ち止った。

 アルバは上目遣いで俺を見た。 


「プレゼントはなんでもいいんですか?」

「ああ、いいよ」


 あんまり高価なものを要求されても困るが、アルバに限ってそれはないだろう。しばらく考えた後、勇気を振り絞るように鼻息荒く俺の方に一歩踏み出してきた。


「なら、……ニール様の、時間を私にください」

「時間?」

「最近ニール様はお仕事のし過ぎです。郎党にばかり有休をとらせて、ご自分は一日も休まず働いていらっしゃいます。だから、今度の日曜日にでも、私とどこかお出かけしませんか? たまには仕事を忘れてください。リンデンから離れてもいいです。ちょうどカヨウ村で音楽祭がありますので、よろしければご一緒にいかがです?」


 俺の目から汗がドバっと噴き出た。

 

 なんて……、なんていい子なんだ!

 そうだ! 俺めっちゃブラックな環境で働いているんだよ! 労働基準法何それ、美味しいの? ってレベルの児童福祉法無視の、糞みたいな労働条件なんだよ!

 休みませんか? なんて言ってくれる部下は君くらいだよ、アルバ!

 両親でさえ今が大事な時期だって働かせようとするのに!


「行こう! ぜひ行こう! 今週の日曜日無理矢理スケジュール空けるよ! オーランドをぶん殴ってでも休みとるよ!」

「あ、あははは。嬉しいです。私も楽しみにしてます」


 ほんまええ子やで、アルバ。




¥¥¥(アルバ視点)




 ニール様との天国のような時間が終わり、私は牢獄のような場所に逆戻りしていた。エジソニア家にゴンの怒鳴り声が響く。

 普段リンデンで泊まり込みで働いているので、久々の里帰りとも言えた。


「まったく、この愚か者が! 何を考えているんだ、お前は! 発明品のライセンス料を手放したそうじゃないか! その金があれば今頃うちは大富豪になれていたのに!」

「…………」

「53,000テーリンだぞ⁉ 53,000テーリン! わかっているのか、能無しめ! 今まで育ててやった恩を仇で返しやがって! それだけの金があれば、領主様に賄賂を贈ったり、王侯貴族に取り入ったり、エジソニア家の栄達は間違いなかったんだ! もしかしたら一代限りでも貴族になれたかもしれないのに!」 

「……ごめんなさい」


 マラソンの後、私は父から説教を受けていた。

 発明品のロイヤリティを全てニール様に譲渡した。そのことがバレたのだ。

 酒も入っているせいか、ゴンの顔は真っ赤になっている。

 母シルビアと弟のリンドも私を心底侮蔑した目で見てきた。

 ああ、本当にこの家に私の居場所はない。

 ニール様の側でお仕事を手伝っている方がよっぽど心が落ちついていた。幸せだった。


「でも、私の発明品はニール様のアイデアがあってのものです。それにルターの資金力と研究所の皆さん、工場の従業員達の頑張りのおかげでもあります。私だけのものにしていいわけがありません」

「お前は馬鹿か⁉ そんなもの気にせず受け取っておけばよかったんだ! 工場の売り上げは税として勝手にニール様の懐に入ってくる。来週、ニール様は領庁で歳入爆上がりの件で、ネロ様からお褒めの言葉と一緒に、ルンルン気分で補正予算ヒアリングを受けることになるだろう。ニール様は化け物だ! お前が手助けしなくても出世していくんだよ! なぜ辞退した? もしかして、これは俺への当てつけか? お前をエジソニア家の後継にせず、リンドを後継にすると決めた俺への当てつけなのか?」

「そんなわけないでしょう。私の忠誠は全てニール様に捧げています。発明品で稼いだお金をニール様に渡すのは当然のことでしょう」


 私が語気を強めて言うと、ゴンは一瞬ポカンとした顔になった。しばらくして、鼻で笑った後、傑作そうに腹を抱えた。


「なるほど。合点がいったぞ。7歳とはいえお前も女だ。随分とたらしこまれたもんだな。若様は将来女たらしになりそうだと思っていたら案の定というわけか。いいか、アルバ。お前は若様に貢がされているんだ。ホストに狂う馬鹿女と同じになってるんだよ」

「はぁ?」

「あのなぁ、アルバ。お前のような魔力欠乏症の屑を見捨てず、ここまで育ててやった俺達家族のことも考えてくれ。お前は俺達に恩があるはずだ。今からでも遅くない。若様に言って発明品のライセンス料の全部、いや半分でいいから俺に寄越すようお願いしてこい。これからリンドも大きくなって、色々金が必要なんだよ。将来のために魔法スクロールをいっぱい買わなきゃならん。分かるだろう?」


 なんだ、こいつ。

 私が貢がされている? なんて馬鹿なことを。

 それに、こいつ、ニール様をホスト呼ばわりした?

 今もしかして、ニール様のことを馬鹿にしたの?

 仕えるべき主の嫡男を侮辱した。

 父は郎党の風上にもお変えない屑だ。

 私は頭の中が真っ白になっていた。嫌らしい笑みを浮かべて、肩を揺すってくるこの男をもはや父とは思えなくなっていた。


「っ触らないで!」

「なんだ、その態度は! いつも弱虫でべそをかいていた屑の分際で父親に逆らうのか!」

「もうたくさん! 私はこの家から出ていく!」

「何を馬鹿なことを! まだ7歳のお前にそんなこと出来るものか」

「出来るもん! 私はニール様から毎月2,000テーリンお給料としてもらえることになっているの! 貢がされてなんかない! 一生懸命ご奉仕した分、ちゃんと報われているの! 私、これからリンデンで暮らすから! エジソニア家の当主はリンドでいいわ。だからもう私に関わらないで!」

「2、2,000だとぅ⁉ 俺よりも高給取りじゃないか! 7歳のっ! 俺の娘のくせに! ふ、ふざけるな! 出ていくなんて俺は認めないぞ! っそうだ! 許してほしかったら毎月そのうち1,000テーリン俺によこせ!」


 私は唖然となってしまった。

 なんて愚かなんだろう。こんな男の血を私は受け継いでいるのか。なんだかとても恥ずかしくなってきた。

 私は呆れてものが言えなくなった。

 それをゴンが了承と取ったのか、天井を見上げて笑い出した。

 

「やった! 毎月1,000テーリンがただで手に入る! 不労所得だ! 最高すぎる!」

「……もう、それでいいです。私はニール様のところに帰ります」

「ああ、じゃあな。毎月の振り込み忘れるんじゃないぞ。ふんっ。子供のお前に一人暮らしなんて無理に決まっている。すぐに帰ってくることになるだろうがな」


 ゴンがにやけ面で頷いた。

 本当に恥ずかしい。なぜこいつが郎党をクビにならないんだろう。

 アンカラ様の幼い頃からの親友で、戦闘力がずば抜けているからだろうが。

 世の中理不尽で仕方ない。

 私はトボトボと家を出ていくしかなかった。

 実家の扉を開けると、外は吹雪いており、目の前が真っ暗で見えないほどだった。

 雪を踏みしめて、泣きべそかいた顔をフードで隠しながら、ニール様のお屋敷へ歩いていく。

 

 今はただニール様に会いたい。

 空いた胸の痛みを埋める癒しが欲しかった。


 でも、これからのリンデンでの生活を思うと、少し足取りが軽くなった。もうエジソニア家には帰らなくていいんだ。そのことも嬉しかった。

 リンデンで家を借りよう。中央区がいいかな。これから完成する庁舎の横くらいがいいな。

 ニール様の近くに住むのだ。

 近頃カリギュラばかり構ってもらってずるい。


 私もこれから精一杯アピールするんだ。

 

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