第三章 Death from above
第26話 Call of Duty
-第三者視点 飛行船の船長-
飛行船、セントラルブルー。それが俺の乗っている船の名だ。この船の名は遥か昔の勇者言語から使われているらしい。意味は中央と青という文字を組み合わせているそうな。
そしてこの船の名が我が主の家名でもある。セントラルブルー伯爵家。古くから海運と塩で人々を支え、栄えてきた貴き血族だ。
そのため、この家名と同じ名を持つ小型の船を動かすときというのはあまりない。そもそも他にも武装飛行船はあるのだ。これを動かすときは旦那様の移動の時や緊急時のみであり、旦那様は療養中である。
「いいか!これは報復の戦である!我らが主は血を求めている!それもあの薄汚い賊の血をだ!」
オークションの翌日の夜、旦那様と奥様と未だ十歳にも満たない坊っちゃんが宿屋にて襲撃を受けた。旦那様は身を挺して御家族を守り、連れていた使用人五名は皆その身を剣にして賊と戦い、賊を捕らえた。
「やつの首を挙げなければならない!俺達は旦那様の求めに応じなければならない!!」
だが、賊の目的は違った。旦那様がオークションで落札していた物が目的だったのだ。困ったことに旦那様は落札した物をその日に受け取っており、下馬騎士一名と従者二名が惨殺されたが物は守られた、それが余計に旦那様の怒りに触れた。
「船長!目標発見しましたァ!!!デカい蜘蛛とデカいヤギを連れたドロエルフです!」
「地上部隊に魔力を飛ばせ!空と地、必勝の連携にて賊を血祭りにあげる!!!」
セントラルブルー号はおよそ三十人ほどしか乗せない小型の飛行船である。非常に危険な可燃性ガス──水素と呼ばれる物──を使い浮かせている。
初級火魔術ですら致命的であるが、常時五名の無属性障壁魔術によってそこはガード。
乗員三十名のうち二割を守りに使っているがこれは詮無きことである。守りに手を抜いた結果、焼け落ちた飛行船は数知れず。ついこの間も別の貴族家の小型郵便船がクーオ大樹海に落ちたという話もあることだ。
さて、ドロエルフはクーオ大樹海に逃げこむという。あまりにも舐め腐った話である。奴は自分の存在がバレていないと思っていたようだ。
新人冒険者の振りをして潜入するとは冒険者ギルドも舐められたものである。
「連絡来ました!キヘイホソクセリ!キヘイホソクセリ!」
眼下を見ればブルーセントラル家の騎士三名が相棒たる軍馬と共に、エルフに対して逆三角形の陣形でゆっくりと歩んでいるのが見えた。
後方にはブルーセントラル家のプレートアーマーフル装備の下馬騎士が三名が、歩兵十五名、冒険者と傭兵の混成部隊二十名を引き連れているのが見えた。
一人のエルフに対して少々過剰にも思えるが、従魔の大きさはここからでもよくわかる、軍馬ほどではないが、下手にかかれば騎士達でも手間取るのは間違いないだろう……。
だが、今はもう剣を振り回す時代ではない。
「騎兵に通達!カコメ、オトス!と」
「了解!カコメオトス!」
飛行船の高度をぎゅんと下げる。地上からはワイン瓶ぐらいにしか見えなかったであろう姿はドラゴンが落ちてくると見間違うほどの圧力となって敵対者の眼に見えているはずだ。
「距離三十!バリスタ!」
「バリスタ!レディ!ターゲットを目視!目標は!?」
「目標は従魔!蜘蛛を狙え!エルフは最悪地上に任せてもいい!!外すなよ!」
「了解!発射許可願います!」
「発射しろ!」
左舷、五つのバリスタが同時に弦を弾き、対地攻撃に特化した五百本の小さな杭が金切り音を立てながら地上へと突貫していく。
この、必勝とも言える特別製のバリスタの弾が好きだ。女の悲鳴みたいな笛の音が着弾地点に居る奴らの心魂を震えさせると思うと心が踊る。
「全弾外れました!!!!」
「なんだと!?射手は一日一時間の訓練の追加だ!」
観測手の情けない声を聞きながら、奴らに対して望遠鏡を向け……何だ?バリスタの矢があまりにも遠いところに突き刺さっている?
船は揺れていないはずだが何故うちの射手がこんな外した?そんな者は家名つきの船に乗せるわけがない……。そもそも外れないようにするための散弾だぞ?避けたのか?
なんだ?大きく叫んでいるようだ。これだけ近ければ望遠鏡越しに唇が読めそうだ……キ、ン、セ、ツ、コ、ウ、ク、ウ、シ、エ、ン、ダ、ト?たかが盗賊が近接航空支援の概念を知っているのか?元軍属か?
飛行船とやり合って生きているやつがそう居るとは思えない。クソエルフめ。
バリスタの装填には時間がかかるので、奴隷たちに弾を装填させる。操舵輪は取舵で大きく半円を描くようにして移動だ。
その間に三名の騎兵達が距離を縮めているが……。
「エルフの離脱速度が上昇!大樹海へ逃げています!」
「なんだと!?ちっ、森に逃げられたら飛行船も騎兵も役に立たん、戦い慣れてるなァ!」
望遠鏡で覗けば、ヤギの上に乗っかったエルフが何かを振りかぶっている姿が……。しかも先程は無かったオレンジと黒の色をした棒が奴の周囲に浮いている、あれは何だ?
「障壁術師!攻撃が来るぞ!」
声を張り上げた直後に重ねたガラスが割れるような音が左舷側から響く。音の方向を見れば、ただの石塊が力を失って落ちていくのが見えた。
身体強化魔術でぶん投げただけで障壁を数枚割るような威力か。腐ってもエルフだ、魔力を追加で突っ込んだな?
「ダメージ、バリスタと同程度です!」
「だったら余裕だな!鑑定持ちに奴の技能構成の把握を急がせろ!」
「奴の技能は初級の水と土魔術、中級身体強化魔術……問題発生!あの棒が鑑定を弾いてきます!」
「宙を浮く棒が魔道具なのはわかってたが!鑑定を弾く奴は強い物が多いから厄介だな」
「船長!騎兵隊より連絡!ワレトツゲキフカ!ワレトツゲキフカ!」
「なんだとぉ!?」
騎兵が突撃出来ないってどうなってんだ!?
「船長、エルフの周囲の土地がボコボコになっています、今もまた新たな穴が増えましたァ!」
観測手の言葉に急いで望遠鏡で確認すれば、確かに軽く穴を掘ったような状態が続いている。しかも水を撒かれているようだ。
土魔術で穴掘って地盤を弱めて水魔術で水を撒いたか……騎兵との戦いに慣れすぎている。
「騎兵は近接戦闘を避けろ!奴の前に出て森に入らせるな!歩兵隊は駆け足!奴隷!バリスタの装填を早くしろ!」
騎士隊はエルフを遠巻きにし、長距離から身体強化魔術を使って投げ槍を放ったようだが、素手と飛んでいる棒で迎撃されてしまっているようだ。チッ、騎士と同等の身体強化か……。
こりゃあ、比較的軽装備の騎馬騎士で接近戦は無理だな。通信士の声が届いたようで騎士達は攻撃と接近を止め、エルフの進行方向だった森の方へと馬を走らせていく。
エルフはというと、その顔を歪め、こちらに指を差していた。
「ム、エルフに隙を与えたか、障壁術師!また奴が石をぶん投げてくるぞ!」
「障壁は補充済み!いつでも弾いてやります!」
ハハハという笑い声が聞こえる、うむ。士気は高いままだ。多少、エルフに手間取ってはいるがこれなら大丈夫だろう……地上から飛行船を落とすことが出来る事例はそう無い。攻城兵器が無いならなおさらだ。
「気をつけろ!奴が棒を持った!多分魔道具だぞ!」
観測手の言葉に障壁術師達は真顔になり、さらに障壁に魔力を充填して強化していく。
いつのまにか投げられたのだろう、棒は縦にくるくると周りながら船の前方の障壁へとぶつかり、パリンとあっさりすべての障壁を破り、飛行船の手すりを砕き、重要な設備たる気嚢へと突っ込んでいった。
一人の障壁術師が術を破られた反動で鼻血を出して倒れる。ちょっと待てや、五人だぞ、五人の専門家が居て破られる?土石流すら止められる最も守りの硬い班だぞ!?
布を引き裂く音と共にオレンジと黒の棒が気嚢から飛び出してきた。その棒は未だぐるぐると周りながら地上へと戻っていく。
いや、棒に別の色が見えるが、あの青い色は……?まさか、見間違うはずもない!?昨日旦那様に見せていただいた蒼海宝珠の欠片!?いや、いくらなんでも?なんなんだあれは!
クソッ!飛行船もゆっくりとその高度を落としている。いや、球体型の気嚢が四つのうち、一つがやられただけだ。
まだ大丈夫だがこれ以上の作戦行動は不可能だと判断するしかない、たった一人のテイマーエルフに対しての被害が大きすぎる。もしまたもう一度あの棒を投げられたら墜落は免れないだろう。
「撤退する!地上に連絡!我撤退する!後を頼む!」
下方を見れば、エルフはヤギに乗り、デカい蜘蛛とデカい蛾のような生物が糸を草原に撒き散らしていた。さらに棒が宙を浮いてエルフの周りをぐるぐると回っている。
家名を模した船は負け、主を襲った下手人たるエルフには逃げられる。こんな屈辱は始めてのことだ。
こんなことをやりやがったエルフは一体どんな顔をしているのか、そう思って望遠鏡を奴らのほうに向ければ耳のデカいウサギがニヤリと笑っているのが見えた。
───
ちょっと先の展開とズレてたので修正しました。
オークションで落札したものは奪われておりません。
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