第25話 そろそろ出発しようと思う件

 ピアに新人研修後、解体の仕事を斡旋してもらった。


 この解体の仕事、思ったよりも今回は仕事があるようで、毎日毎晩毎回入らせてもらって、ギルド職員などの目の前で使える銀貨がばっちり増えてありがたいことである。


 ギルドを通す以上、俺の収入ってバレバレだからね……。通さない収入も一応あるけど。


「け、結局宿泊も延長したんですね……」

「うん、エンリカに教えてもらった繭に魔力を流す方法、あれきちんと出来てさ」


 結局、俺は冒険者ギルドの従魔寮に十四日宿泊している。原因はオーマの羽化が少々遅れたことだ。といっても半分ぐらいは俺が悪い。


 仕立屋をやっているエンリカいわく、お蚕様の繭に魔力を通してやることで変態の際に強化を促すことが出来るという話が出てきたのだ。


 で、やってみた。


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 種族:マジックラージシルクモス

 名前:オーマ

 主人:シン

 状態:健康

 継承魔力:二千


 ・蛹になった際、魔力を大量に吸収して蓄えたシルクモス。

  成虫の胴の太さは三十センチから五十センチほどになる

  羽を開くと直径一メートルを超え、空は飛べない。

 ・食性は草食

  キノコ、草、果実や種子などを食べる。

 ・橙色の糸は営巣、移動、逃亡、隠蔽に使われている


 備考:焼いたら食える


  技能:頑丈な内蔵(継承) 初級土魔術(継承)

     中級風魔術 飛行

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 やりました。みゅーみゅー鳴くことは変わらず、魔力が妙に増えた。糸の質はちょっとだけランクアップして、一日に出せる量が増えた。


 見た目はあのもふっとしたカイコガそのもの、ただし真っ白ではなく全体的に橙色なみかん風味。このミカンカイコガはきちんと六つの足で立って俺の徒歩の速度で移動出来るけど、基本はふよふよと浮かんでいる。


 そしてこの中級風魔術と飛行の技能を組み合わせることで、俺の頭の上に乗っかった状態なら自転車並のスピードで俺とオーマで空を飛ぶことが可能である。たのしかった。


「幼虫のときも可愛かったですけど、成虫になってより可愛くなりましたね……」

「そうなんだよねー」


 テーブル一つを軽く占拠する大きさとなったオーマのもふもふとした首付近を右手の指でなでてやると、めちゃデカいホクトから抗議が来るので左手で頭を撫でてやり、さらにロバ並サイズのメラが頭で俺の頭部に優しくゴツンゴォリゴォリとやってくるが手が空いていないので頭でゴリゴリこすりあわせると満足する。


 これ、群れの拡張無理では?って思うんだよね。物理的に手が足りないとは思わないじゃん。


 なお、大型犬並のウサギたるシノノメはエンリカの膝の上でぴすぴすしている。エンリカもきちんと手入れのされた毛に満足しているようでそっと指を潜り込ませてもふもふしている。


 デカいの多いな。



「そういやさ、そろそろ俺一旦森に戻ろうと思ってるんだよね」

「へぇ、森…………えええええ!!!!」

「二、三ヶ月ぐらいちょっとやりたいことあってさぁ。ちょうど良いテイム出来る動物って居たりしないかな?」

「ふえぇ……うう……んんー……蜘蛛とか良いと思いますけど……」

「ラージケイブスパイダーを増やすにはちょっと稼ぎがなぁ」

「い、いえ、そうではなく、もっと小さい蜘蛛です。毒が出せるやつ」



 そういってエンリカは両手でろくろを回すかのような手つきで……違うな、サイズ感を出してるのか。


 確かに大きな生物を狙う必要はないんだよな、タランチュラやアシダカグモ、ゴライアスバードイーターぐらいなら食事も手のひらサイズ、俺や従魔の上に乗せて運べばサイズ感は問題無い。


「悪くはないんだけど……蜘蛛って見た目が怖いんだよな」

「キュシャッ!?」

「気持ちはわからなくもないですけど……」

「キュシャッ!!??」

「普通に人間襲ってくるし」

「キュシャー!!!!」

「でもテイムしてしまえば意思疎通は取れるんですよね」

「そうそう、今のホクトはめっちゃくちゃ抗議してる」

「それは私にもわかりますけど」

「キュシャ」

「問題は、お前のテイムの技能に問題があるという点か」



 のんびり本を読んでいたピアさんがこちらに参戦してきた。この十四日、エンリカとは定期的に会っていたが、ピアはほぼ毎日俺のことを鍛えにやってきたのだ、お昼すぎに。解体の仕事で疲れて寝ている俺を叩き起こして。



「そうなんだよなぁ~……」

「テ、テイム技能に問題が……?」

「そいつのテイムの条件がよくわからんのだ、テイマーギルドで調べてもらったが、全部の動物と適合出来る、はずだったんだがな」



 テイマーギルドではテイム技能の調査をしてもらえるのだが、俺はどんな動物もテイム出来るらしい。理論上はオークや人間も出来るのだとか。


「ぜ、全部って凄いですね……」

「多分こいつ、ヒトも出来るタイプのテイマーなんだよな」

「最初に調査してもらった時、あなたの天職は奴隷商人ですね、なんて言われてさぁ!!!」

「うっわぁ……」

「極まった従魔術ってなかなか恐ろしいところあるからなぁ、もっとも、上級まで行かないとそういうのは無理だし、中級にあげるだけでも一苦労なんだが、階位が上がる条件なんて誰も知らないし」



 天職が奴隷商人って言われた瞬間ドン引きしたし、テイマーギルドの人は逆にホッとしている様子だった。エルフの奴隷商人が爆誕しているところだったからね。



「一応、念の為ヒトをテイム出来るかはやらされたけどさ、罪人で試したけど、出来なかったんだよな」

「しかも、他の動物もまったくテイム出来ないってんで驚きだよ、クソザコのジェリーですら従属出来ないとは恐れ入った」



 この世界、なんとスライムは居た。しかも日本の誰もが知っているRPGに出てくるようなクソザコタイプである。


 一応強酸タイプのTRPG系スライムも居るらしいが、弱くて廃棄物を食べて生きているようなスライムのことをジェリーと呼ぶ。


 ヒトの子供どころか子猫ですら勝てるような動物を俺はテイム出来なくてびっくりした。



「えぇ……ジェリーもテイム出来ないってなんでなんですか……不思議すぎます……」

「でもテイム自体はちゃんと出来てるから不思議だよなぁ」



 よくあるテイム条件の一つとして、ボコボコにぶん殴って弱ったところをする、というのもあるらしくて、ジェリー相手にやったんだけどダメだった。


 じゃあ、別のパターンとして好感度が高い動物なら行けるのでは?ということで人懐こい子犬や子猫、十匹ぐらいで試したんだがダメっていうね。


 従魔術の許容量の限界、というわけでも無いらしいというのがテイマーギルドの見解だった。何人かのギルド職員やギルドで売ってる動物でテイムを試して、どれもダメだったのでもうあとは自力で頑張ってねって雑に放り出された。


「ほんと不思議、そういやさ、エンリカにオーマの糸で肌着を作ってほしいなって思ったら技術料いくら払えばいいの?」

「ほひゅっ!?は、肌着……ですか。いつもの糸玉一つに、特別にお安く銀貨六枚でいいですよ……」



 銀貨一枚が一万円換算なので、肌着一枚六万円か……。



「じゃあちょっと一枚お願いしたいんだけど、いつ頃なら空いてて、大体何日で出来るかってわかる?」

「あ……い、今出して貰えればお茶を飲む間には出来ると思いますけど……」



 お、目の前で作るのを見れるのか。ハンカチと違って服になると途端にゆっくりになるから見てて面白いんだよな。


 銀貨六枚を財布から取り出して、オーマに糸を一玉作ってもらいエンリカへと差し出す。


「襟は目立たない形でなら、どうとでも」

「わかりました、丸襟でいいですよね?」


 あ、丸襟で通じるなら丸襟で問題ないです。軽く頷いてOKのサインを出すと彼女はオーマの糸玉に魔力を通し始める。


『紡げ』


 乱雑にまるめてあった糸玉がふわりと宙に浮いてばらけ、くるくるとランダムに回転しながら糸の太さが均一になっていく。めちゃくちゃ細い。蜘蛛の巣の糸並に細い。


『織れ』


 したらば、一番時間のかかる布の作成である。糸で波線を作ると反対側の糸の先端がその波線をくぐり、縦糸と横糸を重ねていき、布を通り越していきなり立体的に服が作られていく。


 いやー凄い面白い。早回しで作ってんの?ってぐらい。魔力の流れが非常に綺麗だ。無属性魔術を俺も使えるようになったんだけど、こうはいかない。積み重ねた技術を感じる。


 本当にお茶を一口、二口しか飲まないうちに橙色の丸襟インナーシャツが完成した。そもそも作成風景に見惚れててお茶を飲む回数が少ないというのもあるけど。


「ど、どうぞ、出来上がりました……」

「本当に凄いな、出来ることなら何枚も作ってほしいくらいだ」


 オーマの糸で作られたそのオレンジシルクは肌触りがきめ細やかだ。もちろんこれには糸を紡いで魔力を通しているエンリカの腕というのもある。


「つ、作れって言われればいくらでも作りますけど……」

「本当に出来ればお願いしたいんだけどね、懐がまだちょっと寂しいから当分は古着で我慢だよ」

「本当にな。その肌着を着てるとこ他人に見せるんじゃないよ、見る人が見れば金貨六枚の品を着てるって気がつくだろうさ」

「ブホッ!?そんなにするのこれ!?」


 銀貨一枚一万円換算で計算してるので、金貨六枚だから六十万円ですよ、そんな中古軽自動車並のオーダーメイドシャツが俺の手元にあります。ちょっと手洗い洗浄するときは丁寧にやらないとな。



「私が商会に卸す時は金貨二枚ですね……」

「まぁそんなもんか……ホクトの糸だといくらぐらいになるんだ?」

「肌着が金貨一枚ぐらいで卸せました。お金いっぱいで嬉しいからもっと糸を卸してくれても大丈夫ですけど……」

「シン、緊急ってわけじゃないならこいつにあんまり糸を卸すなよ、エンリカみたいな女が金を持ってるって思われると大変だからね!!」

「あーこんな美人が金持ってたらそりゃ悪いやつがほいほいやってくるわな、こういうシャツってやっぱ貴族とかそういうのが買うのか?」



 俺の貧困な発想じゃそういうのしか思いつかん。



「ん、貴族はお抱えが居るからね、こういうのは安く買えるってんで中堅どころの成り上がり商人が買って自慢するのさ、質もいいから女に送るには良いしね、エンリカも結構女物の肌着を卸してることのほうが多いよ」

「そこまで赤裸々に語らんで大丈夫だが?ほら、エンリカが顔真っ赤にしてる」

「多分真っ赤になってる理由は別だなぁ」

「別かぁ」



 割とエンリカはこういう反応が多い。他の男にはもっと塩対応だったりするので、そういうことだと思う。



「エンリカとおまけでピアさん、今晩暇なら夕食を一緒にどうですか、もれなく従魔もついてきますけど」

「はいはーいおまけは奢りなら行くよー」

「ぁ……いきましゅ……」



 もう解体の仕事は受けてないし、オーマも無事羽化出来たしで街に来てやる用事はほとんど済んだ。


 一度、地下大空洞のほうへ戻って色々調べて、キノコを補充して、またクーオの街に戻ってこようと思う。


 場合によってはラージケイブスパイダーとかテイム出来ないか試したいんだよなー。


 なんて、昨日の段階では思ってたんだ。まさかまた大事件に巻き込まれるとはね……。

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