第24話 ヤブをツンツンするのをやめたい件


 ピアさんに新人研修をしてもらっている最中、ひょんなことから勇者召喚された人物であることが予想されてしまった、のでそこは肯定した。この人は面倒見が良さそうなので甘えられる範囲で甘えてみたいとは思う。



「ところで、あの国なんで滅んだのか知ってます?魔王とか出た?」

「いや、欲をかいて内陸の獣王国に海塩の値段を上げたらその獣王国に滅ぼされた、色々と教訓として残されているよ」

「海塩……」

「あれ?この辺りは内陸の国なんだがなんで沿岸の国だったセントラルヒューマン国の話が……?」



 やめやめ、青棒君が光り輝いてしまう。



「あそこは飛び地として確保してたんでしょうね」

「うん……?うん……お前、なんか他に変な情報持ってないだろうな」

「知らぬが仏と言いますよ、ピアさん」

「シラヌガホトケ……それ勇者言葉なんだが……はぁ、ほぼ確定か」



 最近ヤブをツンツンしていることが多い気がするな。あとあそこに岩塩がある理由わかったな。


 青棒の鑑定結果通り、おそらくこの辺で一回大規模な地殻変動が起きてるんだ。で、海が圧縮して閉じ込められてなんか色々出来たんだろう、なんだよあの地下空洞。やっぱ一回帰ってじっくり調べたいな……。



「新人研修って後はどんな感じだ?」

「全部吹っ飛んだわ、気になったことあったらアタシんところに聞きに来い」



 ええー……俺のせい?俺のせいか。ピアさんは席を立ったので、一旦彼女を部屋の外へお通しし、俺とシノノメは彼女の後ろを歩くことにする。



「そんなに警戒するなよ」

「なんもかんもピアさんが悪いんだからな……」

「しょうがねえだろ……まぁいいや、ついてこい」



 140cm未満の少女に対してオークに相対したとき以上の警戒心を持ちつつ、俺達は冒険者ギルドの廊下へ出て、階段を下り、一旦受付で会議室?の部屋を返し、車庫のほうへ出る。



「ついてこいって言うけどこれ何なんだ?」

「仕事の斡旋だが、お前ずっとこの街に居るってことでいいんだよな?」

「準備が出来たら一回二、三ヶ月ほど森に戻って色々やろうかと。宿泊も十日ほど延長してはいるが」

「あー……それじゃあ本当に短期かぁ、オークションやるからいくらでも仕事はあるんだがー」



 車庫を歩き続けてたどり着いたのは解体所の大きな両開きの扉の前。すでに生臭い匂いが漏れ出ている。あと刈ったばかりの草の匂いもするんだけどどこからだろな。



「解体の仕事、どうよ」

「金額次第ですが結構アリですね……」

「向こうも解体、水魔術、身体強化魔術持ちは重宝するさ」

「そういや疑問だったんですけど、剣術とか弓術っていう技能は無いんですか?」



 あぁーみたいな顔をこっちに向けてきた。



「我流だと識別にも鑑定にも表示されない、が正しい表現だな。なんとか流剣術、みたいなのはたまに見るわ」

「ふぅん、じゃあそういうのは技能のスクロールじゃ取得出来なかったり?」

「多分出来るんじゃねえかなー基礎なんとか流剣術とか基礎ほにゃらら弓術みたいな技能は見たことが……技能スクロールって金貨五十枚ぐらいするしオークションでもないと見ないもんだぜ?知っとけ」

「うっす」



 最後に小声で忠告をしてくると、彼女は解体所の大扉を一息に開けた。結構デカくて開けるのは大変そうなんだけど身体強化魔術を使ったのだろう。



「おぉーい!誰かいねえか!ちょっと短期だけどこいつ雇ってくれないかなぁって!……とりあえず何日にしとく」

「十日ほどで」

「十日ぐらい!」



 部屋の中は大きな棚が置いてある倉庫といった感じである、しかしながら部屋に入った直後からひんやりとした空気が俺の肌を撫で始め、シノノメもぷすっとなっている。ぷすぷすしている。



「十日ァ!?バカ言え!んな短期で素人を雇ってられっか!うちのガキを使うほうがまだマシだぞ!!!」

「お前いつのまにガキなんてこさえたんだい!?こんな小さくてピア姉ちゃんスキスキ~って」

「勘弁してくれねえか!?」



 そう叫びながら出てきたのは、昨日解体所の内蔵を貰うときに世話になったスキンヘッドのおっさんだった。向こうもこちらを認識したみたいで顔が……いやピアさんのほう見てますね。



「あれ、今朝のドロエルフじゃねえか、あの蜘蛛はどうしたよ」

「寝てます、今はこっちのシノノメと一緒です」

「ぷすー」

「別にいいが、毛を撒き散らすなよ、ここは食肉を扱うもんがほとんどだからな、で!ピアさん!勘弁してくれんかほんと!他の奴らの前でも示しがつかねえんだよ」

「は?ここの解体所のガキ共の半分はあたしがオシメ替えてんだから示しどころかも漏らしたクソも縮んだチンコも見てんだが??なんなら何人かはアタシに甘ったるい言葉を──」

「ピアさん、話進まないから一旦ストップ」



 三百年の歴史怖いんだよ。いかついおっさんが半泣きじゃん。



「で、まぁ話を端折るとこいつを十日ぐらい働かせてくれねえか?」

「端折りすぎなんだよ!?解体所で働けるようなやつってそう居ねえし細っこいエルフじゃねえか……あれ?識別が弾かれたが」

「あー、一応技能としては初級水魔術、初級土魔術、初級木魔術、身体強化魔術、解体技能、鑑定技能を持ってます」

「それはアタシが保証する」



 おっさんが固まった。隠密技能は内緒。ピアさんは半眼でちょっとこっち見てるわ。隠密技能なんて解体業に要らんのだから言わなくていいでしょう。



「……ちょっとこっち来い、ちょうどクソウサギの解体が溜まってる。一頭だけやってみせろ。そのシノノメ?だっけか、そいつは来させんほうが良いと思うが」

「プスン!」

「俺の護衛なのでついてくると言っています」

「はぁ……まぁいい」



 おっさんが歩いていったところにはかなり巨大な箱……たまに電車が運んでいたりするコンテナのようなものがあった、そのコンテナのドアを開けると中には大量のロングファーヒュージヘアの死体が折り重なっていた。おっさんは無造作にそれを一匹──こっちだと一羽とは呼ばないよな?──抱えると、俺に渡してきた。大型犬サイズなので重い。



「血抜きはしてあるが血の塊はあるかもな、毛皮に傷はつけるな、肝臓と腎臓と心臓以外の内蔵は捨てろ」

「足先と頭の毛皮は剥かなくていいんだよな?」

「そうだ」



 ロングファーヒュージヘアだけど、実は移動中に一匹ぶっ殺したことがあって解体済みだ。ちなみに下手人はシノノメでローリングソバットが決まり手。解体技能の言う通りにやるだけできちんと出来るので、本当に貴重な技能だと思う。



「肉を吊るす場所ってどこです?」

「そっちの紐を使ってくれ、もっと小さいのは念動で、デカいやつはフックを使って引っ掛けたりするぞ」

「あ、こいつに無属性魔術教えねえとな……いつが良いか……」



 まず、両後ろ足を片方ずつ紐でくくって吊るす、足の腱の辺りでくるっとナイフを使い傷を付けて剥く準備。ウサギというのは胴体の毛と腹毛の色が違っており、おしりにあるこの境目に沿ってナイフで切れ目を入れていく。


 これで毛皮を剥いたときに筒のような形になる準備が整った。そしたら力を入れて肛門を破いたりしないよう気をつけつつ、毛皮を注意深く剥く。


 適度に毛皮と肉の間に手を突っ込んで腹の膜を身長に剥がす。


 最後は首と足の辺りをナイフで裂き、すっぽりと毛皮を肉から抜き取って頭と足の先端が無い毛皮の出来上がりだ、この後もう少し処理があるんだけど置いとく。


 次は腹の肉をナイフで縦に切る、内蔵を傷つけないように腹を開いたらまずは肛門から伸びている大腸を素手で引っ張って引きちぎる。ナイフ要らないんだよね。


 内蔵を入れる箱は……シノノメが押して持ってきてくれたので放り込む。胃も同じように捨てる。胃に両手で抱えるほどの大きな肝臓がくっついていたのでこいつを取るが、病気になっていないかのチェックはする。


 黄色い部分とかがあったりするとダメらしいが、こいつは問題無いと解体技能も鑑定技能も言っている。じゃ、肝臓にくっついている緑色っぽい胆嚢を取り除いて捨てて、肝臓は別の……シノノメがまた持ってきた箱に入れる。


 解体した肉の内側に脂肪がついた一口で食べるにはかなりデカい腎臓が左右に二つあるのでこれも取り除いて、食べられる箱のほうに入れる。膀胱とか子宮を取り除いたら腹をさらに開き、肺と心臓にたどり着いた。肺は捨て、握りこぶしぐらいある心臓は食べられる箱へ。まだいくつか捨てる内蔵が胸にはあるのでこれらを取って捨てる。


 あとは股間をナイフで軽くちぎり、結腸なる内蔵を取り除いて内部の処理は終了だ。そしたら関節にナイフを入れて足の先端、毛皮が残っている部分を取り除く。



「『冷たい大きな大きな水球よ、中で水流を作れ』『力よ』」



 大型犬ほどのウサギを放り込むのはちょっと苦労するが、身体強化をかけて水球の中に放り込む。残った血と毛を取り除いてしまえばこれで出来上がりだ。



「出来ました、確認お願いします」

「……可愛がっていると思わしき自分の従魔と同じ動物を捌くの普通に怖いんだが」

「わかる」

「他はワニとオリックスを捌いたことがあります」



 おっさんは腕を組むと考え込んでしまった。何考えてんだろ。



「肉はあっちの保存箱だ。夜来れるか?来れるなら日が落ちる頃に来い、夕飯休憩と中途休憩が二回入って、日が出る頃に終わりだ。それで一回銀貨五枚、仕事終わりに渡す。ただ、獲物の量が多くなかったら、仕事と給金は無しでそのまま帰すこともある、それで良いか?」

「そうなると……出来れば最低三日は入りたいですね……それでお願いします」

「十日しか入れないんじゃな、そんなもんだ。とりあえず今晩から顔を見せに来い、夜は結構キツイから寝とけよ」

「了解です……エンリカさんって午前中なら空いてますかねぇ」

「どーせ暇してるときはぐーたらしてるから適当に時間を見て来い」



 そんなわけで、自室からあんまり離れないでやれる仕事を手に入れることが出来た。これはシノノメも部屋に待機で良いんじゃないかな。

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