第7話 見渡す限り全部森な件
眼下に広がるのは地下大空洞への数少ない天の恵み。多分だけど百メートルぐらい登ったと思う。
岩壁を八十キログラムの重り付きで登っているというのになんとホクトの休憩はまだ一度もない。どうやら身体強化魔術を併用しながら壁登りを敢行していることと、垂直に見えた岩壁が急角度とはいえすり鉢状になっているのが原因らしい。ずり落ちそうなもので意外と負担は軽減されるらしい。そんな事ある?
それにしても大分登ったなと何度も思わされる。この天然サンルーム、地下大空洞の天井が十メートルぐらいだとしたらこっちの天井は五十メートルぐらいあった。地下大空洞を歩いている時はよく天井落ちてこないなと思ったが、ここは落ちたからこうなっているのだろう。
俺達が歩いてきた空洞はここからは見えず、今は大きな縦穴の中である。それでもこの穴の直径は目算で大雑把に三十メートルぐらいはあるんじゃなかろうか。
下から見たときは上の穴が非常に小さいとは思ったが、そりゃそうだ。高すぎるよここ。ここから見る下の広葉樹の大きさがかなり小さくなっている、手に持ったブロッコリーぐらいの感じだ。下に居た時はでっけーって思っていたんだけどね。
そういえば、東京タワーの展望台から下を見た時、下にあった樹が小さくてびっくりしたっけ、下の広葉樹の大きさがそれと同じぐらいだな。なんでブロッコリーに例えたんだろう。いや、そういえばあのときのお弁当がブロッコリーだったな。
そんなもう意味の薄いことを考えていると上から風が吹き付けてくる。ホクトはギュッと岩壁に体と糸を貼り付け耐えて、いやすぐ登り始めた。思ったより弱かったんだな。
大空洞を抜けてこの縦穴に入ってから空気の質が変わった。勇者召喚の儀式場はかび臭かった、行き止まりだし空気が淀んでいたのだろう。実際、木材の破片がバラバラになって落ちてたからカビも生えてたと思う。
一方、地下大空洞はかび臭さは薄れたものの、湿気が強く、土っぽさに果物が混ざったような甘めな臭いが充満していた。おそらくはキノコの香りだったのだと思う。生のキノコっていちごジャムみたいな臭いがする品種あるよね。
そして今、これはもう清々しい香りだ。たまに草木がちぎれたかのような青臭い香りも鼻腔へ飛び込んでくる。腐葉土臭というかおがくずの臭いも結構するけどそこまで不快感を覚える臭いじゃない。これは良いことであり、悪い報告でもあるのが悩みどころだなぁ。
まだ見てないからなんとも言えないが……昔の、本当に薪で煮炊きをしていた時代の人達って山や森からガンガン資源を回収していた時代なんだよね。
若樹ですら切り倒して薪にするし、腐葉土の元となる落ち葉も集めて天然の肥料としていた時代があったはずなんだ。そうして山や森に溜まるはずの栄養は人の物となり、貧栄養化する。この貧栄養化した環境を松茸が好んでいたらしいってのをネットで見た。富栄養化すると松茸が生えないそうだ。
何が言いたいかっていうと、森が富栄養化している状態で想定出来るのは、森に入る必要が無いほど肥料技術が発展している──例えば水と光と電気で空気から肥料が作れたり──もしくは、人里が無いので森の資源を根こそぎ回収していく強奪者が存在しない。このどちらかだ。俺の知識が間違っているだけだと良いな。
産業革命か緑の革命か、技術レベルが地球に居た頃と近い世界だととにかくありがたいんだけどなァ。
この世界は魔術がある世界で、魔力というものが存在する世界で、十メートルぐらいの大きなキノコがあったりする俺からしたら不思議極まりない状態だ。そのくせ椎の木とか、蚕に似た生き物とか居たりする。そもそもドロエルフってなんだよ。
鼻提灯を出して寝ているオーマが落ちないように気を付けてつつ、自分の耳に触れてみた。
俺の耳は耳たぶが親指の第一関節ほどの面積があり人によっては福耳呼びされることもあった。それが今の俺は耳たぶはほとんど無く、耳の上側が尖って大きく斜め上に飛び出している。知らない耳だ。鼻も触ってみればアジア人特有の薄さからちょっと鼻が高い気がする。
丸というより尖り気味の鼻。極めつけは陽の光に当たって判明した肌の色だ。典型的黄色人種だった俺の肌は小学生の夏休みで日焼けしたときよりも濃くなっており、ほぼほぼミルクチョコレートみたいな肌色をしている。視界の片隅に見えるのは白みがかった金髪だ。わからない。俺がもうわからない。
生きていくしかない。動画でしか見たことがない、イボイノシシが断末魔をあげているのに尻の穴から削るように生きたまま食われるのは嫌だ。
ダメだ、体を動かさないで居ると嫌な方向に考えが向いてしまう。そういえば蚕って鼻提灯出して寝るんだっけな?
▽▽▽
緑色の景色が目の前に広がる。
サンルームにあったような広葉樹が連なって生存競争を行っており、見通しは悪い。だが風は気持ちいい。何より遠くに山が見えるのは良いことだ。日本人は背景に山が無いと落ち着かない民族である、山が無いのが当たり前とか抜かす平地人はとっとと徒歩十分で隣駅に行けるコンクリートジャングルに帰んな。
「ホクト、お疲れ様。水と塩をお舐め。キノコも出すか?」
「キュシャッ!キュシャッ!」
石の蓋という名の水入れに飲料水を魔術で出してやり、小指の爪の先ぐらいの岩塩に一抱えほどの光るキノコを収納リングから出してやる。オーマも目を覚まし、キノコをかじりはじめた。
洞窟の外にようやく出れた以上、俺も食事が出来るというか、薪が確保出来る段階になった。地下で見つけた木材は湿気ってるしすぐグズグズに崩れた。キノコは薪になるのか不明だし、糸は燃えるだろうが調理用となると長時間を燃やしておくことは出来ない。
焚き火で食料を焼ける生活になりたい。ブッシュクラフトの時間です。
ってことで、集めた。枯れ木、枯れ枝、乾いた落ち葉、ぜーーーーーんぶ収納リングに入れといた。便利すぎるよこの強奪リング。
そういや本人認証とかいうシステムやってないの気がついた。これ盗まれたら俺死んじゃうからやっとかないとダメだわ、えーと……血を一滴、リングにぺたりとする。ぺたり。うお光った!?
ほーん、そういや鑑定してねえ。鑑定。認証通ったからこれを他人が身につけようとしてもリングの大きさが変わらない、そもそも身に付けられないから収納の内部に干渉することが出来ない、しかも鑑定阻害機能、盗難防止機能もついてる。
王家へまとめて納入された数十個のうちの一つ、作成時のミスで内容量が少ない物だと鑑定さんが言っている。
こ、これで失敗なんですか。それでも国買い取ったのは隠し通路に置く用なんだろうね。
あとは人差し指につけっぱなしだけど、これだと目立つし芸が無いよな。ってことで頭につけられたりは、しないか。元の大きさより太くはならない感じ?そしてはずそうと思わないと外れない。でも腕につけたりすると力を入れたときに大きさが自由に変化する……。
これ股間のぞうさんにつけたら良いのでは?
いや、さすがに小便のたびにこいつがチラチラ出てくるのはダメだな。俺の腕細いし、左腕の付け根ぐらいで固定っと。半袖シャツでも見えづらい、完璧。もうちょい目立たなければ耳の付け根でも良いんだがな。
そうだ、ホクトやオーマの糸でブレスレットの類を作って俺の両腕を飾り付けてしまえばいいのでは?
いや、今だとMMORPG始めたて初心者アバターって感じで服が質素だから橙色と黒色のシルクの飾りは目立ちすぎるか。
そもそも、シルクもこっちだとどうなんだろうな。価値が高いのだろうか、これでオーマやホクトが価値の高い動物ですってなった場合誘拐とか普通にあり得るんだよな。それを言ったら俺もあるかもだけど。
まぁいいや、火をつけよう。火付けの道具無いけど。収納リングは金で出来ているので無理、そういえばさっき錆びた鉄を拾ったな、これと石を打ち付けたら火花出たりしないだろうか。
結論、叩いたら鉄くずがボロボロ崩れて終わった。錆びてたしそうなるか。
「そうだホクト、脚ぶった切られたのってこっちだって行ってたけど、どこらへん?」
ホクトは周囲を見回して……キュシャーと顔を伏せちゃった。あーもしかしてわからなくなっちゃった?そうかしょうがないなそれは。森は目印が無くて迷子になりやすいさ。頭をなでなでしてやるとキュシャキュシャ喜んでいた。
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