第07話-リリアーヌの楽しい生活【R15】(リリアーヌ視点)

 就寝前、エリゼーヌが部屋に訪れる。リリアーヌは笑顔で迎えた。


 エリゼーヌが手をかざすと、ノンナから奪った力が流れ込む。この感覚はもうすっかりお馴染みだ。


 ――これがなければ、私は特別じゃいられない。


 精霊眼。物の記憶を追い、過去を視る。


 ――でも、私は本当に特別?


 リリアーヌは最上級の精霊眼の力を使えるわけではない。同学年の生徒は、3つ下の従兄弟が「ついの目」という相棒であることが判明し、一緒にその魔法を使うようになってから、飛躍的に精霊眼の力か高まった。

 リリアーヌもいずれ対の目に出会うまでは、限定的な力だろうと教師が言っていた。


 もうひとつ、不安なことがある。


 かつて旅行先で、ノンナがいないとき。魔力が枯れ、生活魔法すらできなくなった。


 ――もし学園でこうなったら?


 想像するだけで足元の崩れるような恐怖が襲う。自分が「何者でもない」ことが暴かれる瞬間など……あってはならない。


 母の再配分魔法を学ぶのが怖い。もし習得できなければ、自分の中身が空っぽだと証明されてしまうから。


 ――私は、有能な精霊眼使いの令嬢。母の魔法なんて関係ない。ノンナの力を借りているわけではない。


 呪文のように心で唱え続ける。


 エリゼーヌが「再配分魔法、そろそろ練習を……」と言う。

 リリアーヌは「やだぁ、できないってば」と言い、可愛らしく笑って誤魔化す。


「次の休みに頑張りましょうね」


 エリゼーヌのしつこさに、苛立ちが募る。


 ***


 翌朝、リリアーヌは洗濯場を覗く。ノンナの姿はない。


 ――昨日、水をかけたときのあの目。あの怒りをもっと見たかったのに。


 無表情だったノンナが、ほんの少し怒りを見せた。

 すぐ母に言いつけた。きっと鞭打たれているだろう。


 ――なのに、今日は引っかからないなんて。


 ***


 少し前の春の日のことだ。

 エドワールが微笑みながら言う。


「うちのお飾りの奥さん、同じ手にはもう引っかからないんだよね」

「えー、なになに?」

 

 リリアーヌは笑った。


「この前、お茶会で椅子を引いたら、すごく警戒されちゃって。それ以来、座る前にいちいち確認するようになった」

「だまって引っかかっていれば良いのにね……可愛げがないわ」


 エドワールは楽しげに笑い、リリアーヌも合わせて笑った。

 

 春の光がフォートハイト伯爵家の庭を照らし、楽しげな笑い声が響く。

 少し離れた場所で、母エリゼーヌが優雅にそれを見守っていた。


 ***

 

 エリゼーヌは厳しい口調でリリアーヌに言い聞かせていた。

 

「エドワール様と仲良くするのは良いけれど、淫婦のようなふしだらは絶対にダメ。結婚までは、決して許さないで」

 

 リリアーヌは神妙にうなずいた。

 母の忠告を受け入れているふりをしながらも、内心では笑っていた。

 

 ――母上の言う「淫婦のような馬鹿なこと」はしないわ。もっと、うまくやるだけ。


 ***

 

 水を掛けるいたずらがノンナの不在でできなかった日の昼。


 護衛の目を盗み、昼休みにエドワールと個室へ入った。

 精霊眼の幻惑魔法で、姿も音も匂いも包み隠す。

 

「エドワール様……」


 互いの制服の下を指先で愛でる。

 抑えた声。湿る下着。

 あとでエドワールが拙い浄化魔法で処理してくれる。

 

 だが、快楽の中で不意に浮かんだ別の顔。

 

 ――マクシム様。

 

 同学年の未来の公爵。既に騎士団に所属し、講師も務める。

 剣を握る指。冷たく鋭い目。


 ――たくましく美しいあの人になら、すべてを壊されてもいい。

 

 リリアーヌの心を支配するのは、エドワールではなくマクシムだった。

 

 ――私は、美しく有能な令嬢。快楽も恋も、欲望も、すべて手に入れる資格がある。

 

 エドワール様との結婚?  悪くないわ。でも、マクシム様とも……。

 ふたりの間で揺れる私が、いちばん美しい。

 

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