10. ステータス:夢、言語化中

文化祭の熱気がようやく落ち着き、校舎内にはいつもの静けさが戻りつつあった。

しかし、その日の放課後の教室には、どこか落ち着かない空気が漂っていた。


和泉ユウは、自分の席に座り、視界に浮かぶHUD-LINKの画面を見つめていた。

【QuestMaster:特別サイドミッション】

【内容:自分の“夢”をステータス画面に入力せよ】

【報酬:スキル「夢可視化」取得/友情ポイント+10】


「夢…か」

ユウはペンを握りしめ、机にノートを広げた。クエスト画面には、まるでRPGのキャラクターステータス画面のように「名前」「得意分野」「レベル」、そして最後の項目に「夢」が空欄で表示されていた。

この“夢”の項目に、言葉を入力するのが今日のミッションだ。


周りの仲間たちも、それぞれ自分の席で悩んでいるようだった。

ハルカはAR画面に複雑な数式や研究資料を浮かべ、真剣な表情でペンを走らせている。

「私は、研究者になって、世界の謎を解き明かしたい」

静かに、しかし芯のある声が聞こえ、HUD-LINKが“夢項目:科学研究者”と認識し、ステータス画面にその文字が刻まれた。


レンはいつもより真剣な顔で、口元を引き締めながらペンを握っていた。

「俺は…チームをまとめるリーダーになりたい。サッカーだけじゃなく、いろんな場所で」

ステータス画面には“夢:リーダー/チームビルダー”と輝いた。


一ノ瀬ユウトは、しばらく無言のまま、手帳にペンを滑らせては止め、また滑らせては止めていた。

「夢なんて、簡単に言えるものじゃない…」

小さな声がこぼれ、画面の夢項目は空欄のままだった。


ユウも同じだった。

何を書けばいいのか分からない。

「ゲームクリエイター」「シナリオライター」「何かを作る人」…いろいろ浮かぶけれど、それが自分の本当の夢なのか、確信が持てなかった。

画面の“夢”欄にカーソルが点滅する。何も書けない自分が、もどかしかった。


その時、リナが軽やかな声で「私は“みんなを笑顔にできる人”って書いたよ」と笑顔を見せた。

「夢って難しいけど、こうやって言葉にしてみると、なんだか形になっていく気がするよね」

リナの言葉に、教室の空気がふっと柔らかくなった。


ユウはペン先を紙に落とした。震える手で、ゆっくりと書いた文字は――

「夢:みんなで創る物語を届ける」

その言葉がHUD-LINKに認識され、ステータス画面にきらりと輝きを放った。


「……やっと書けた」

声に出すと、胸の奥が少し軽くなった。


ふと見ると、ユウトがこちらを見ていた。

「……ユウの、いい夢だな」

ユウトの声は小さかったが、その分、心に染みる温かさがあった。


【MISSION COMPLETE!】

HUD-LINKが光り、全員のステータスに夢の項目が追加され、教室中に「夢可視化スキル解放!」の演出が舞った。


夕焼けが窓から差し込み、教室の壁や天井にオレンジ色の光が揺れている。

「夢なんて、すぐに決められなくてもいい。言葉にしてみることで、きっと一歩進めるから」

ユウは、これまでの自分より少しだけ誇らしい気持ちで、夕焼け空を見上げた。


教室の中に、静かな達成感と、未来への淡い期待が広がっていた。


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