3. ノートのエンカウントは放課後に
放課後。教室の窓から差し込む斜陽が、机の上に長い影を落としていた。
黒板には「今日の宿題」の文字。ざわめきが少しずつ消えていき、廊下の向こうでは誰かが部活の話で盛り上がっている。
ユウは自分の机で数学の教科書を片付けながら、そっとHUD-LINKを見た。
【QuestMaster:新しいサイドクエスト発生】
【内容:クラスメイトの“困っている”を発見し、手を貸そう(報酬:協力スキル+1)】
何気なく周りを見渡すと、ひときわ静かな気配が漂っていた。
真白ハルカが、自分の席で黙り込んでいる。普段は落ち着いていて、誰よりも勉強熱心な彼女。
けれど今日はノートを抱えたまま、どこか困ったように俯いていた。
ユウは少しだけ迷った。
「余計なことかな…」と一瞬よぎる。でも、さっきクリアした“友だちクエスト”が背中を押す。
思い切って声をかけた。
「ハルカさん、何かあった?」
彼女はびくりと顔を上げ、恥ずかしそうに小さく笑った。
「……実は、宿題のノート、昨日家に忘れてきてしまって。
でも、データで誰かから借りられればと思って……」
少し戸惑いながらも、正直に話してくれる。
「僕のでよかったら、データ送るよ」
ユウはHUD-LINKのAR画面を開き、自分のノートデータを選ぶ。
「ありがとう。そういうの、得意なんだ?」
「まぁ、ゲームでアイテム交換とか慣れてるから」
自然に会話が弾み始める。HUD-LINKの画面が、データ送信のアニメーションを表示する。
──だが、その時。
【通信エラー:校内Wi-Fi不安定】
HUD-LINKが警告を出す。二人の間に、ピリッとした空気が流れる。
「どうしよう…」ハルカの表情に不安が滲む。
けれどユウは、あきらめずに考える。「そうだ、PC室の有線なら安定してるかも」
「一緒に行こう」と言うと、ハルカも意外そうに頷いた。
PC室は静かだった。誰もいない放課後の教室は、どこか秘密基地みたいな雰囲気だ。
ユウがノートパソコンを開き、USBケーブルを差し込む。
「この手順でやってみて」
ハルカが驚くほど手際よく作業を進め、ついにノートデータの転送が完了する。
【MISSION COMPLETE! 協力スキル+1】
HUD-LINKのAR画面が二人の間にポップアップした。
「……本当に助かった。ありがとう、ユウくん」
ふだんは無表情な彼女の顔に、少しだけ柔らかい笑みが浮かぶ。
「僕こそ、こんなふうに人の役に立てるの、ちょっと嬉しい」
ユウの心にも、ささやかな自信が灯る。
窓の外はすっかり夕暮れ。
茜色に染まる校舎を見ながら、二人はしばらく無言で並んで座っていた。
放課後の静けさと、誰かと繋がる温かさ。
“困っている誰かに手を差し伸べる”――そんな小さなクエストが、今日のユウにとって何より大きな冒険だった。
そして画面には、次なるサブクエストの予告が静かに浮かんでいた。
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