モブ令嬢は当て馬令息をどうにかしたい
「俺はっ……! おまえがっ! おまえだけがいいんだっ!!」
「で、でも僕は男で……しかも平民で……。あなたは貴族で跡継ぎで……」
平民では珍しい金の髪をした青年がぐすりと鼻を鳴らす。
そんな彼を抱きしめるのは、代々騎士団長を輩出する家柄の高位貴族の青年だ。
既に騎士として鍛え上げられた肉体を持つ、貴族に多い金髪碧眼の青年が平民の青年をすっぽりと包み込んでいる。
ここは貴族と優秀な平民が通う王立学園の裏庭。
普段人気のないソコは、今この時やたらと人口密度が高かった。三人だけだけど。うち二人は二人っきりの世界に没頭してるけど。
「それがなんだというんだ! 俺にはおまえしか必要ない! おまえが手に入らないなら、家を出たってかまわないんだっ!」
……それはちょっと無責任じゃないかな?
まぁ、わたしが口出すことじゃないけど……。
「そ、そんなに僕のこと……」
いや、感動してるとこ悪いけど、君は平民の暮らしに慣れてるだろうけど、相手の男は絶対慣れてないからね?
家を出たら、平民……いやご家族の反発が無ければワンチャン余ってる爵位を貰える可能性があるけど、現状侯爵家の嫡子として生活してる彼は、生活レベルを下げられるのかねぇ?
そんなお節介なことを考えるうちに、目の前の愛の劇場はクライマックスになったようだ。
「ぼ、僕もあなたが好きです! 一生あなたをお支えします!」
「おぉ! 受け入れてくれるかっ! ありがとう! 一生大事にするからなっ!」
エンダァァァァァァ!!
ぎゅっと抱き合う二人を満足げに見て、早々に踵を返す。
……なんでかって? 二人が熱い口づけを交わし始めたからだよっ!
さすがに他人のキスシーンをのぞき見する趣味はない。
……今まで散々デバガメしてたヤツが言うなって?
まぁ、そこは致し方ない事情があるってことで……。
というか、あの侯爵家のご子息、騎士の訓練をしてるはずなのに、わたしみたいなシロートの気配に気づかないって……色々大丈夫か?
まぁいいや。
「はぁ。これでハッピーエンド……にしたんだっけ? それにしても我ながらご都合主義な展開にしたものだわぁ。
……これであの元祖デバガメ女神さまもご満足いただけたかしら?」
コキコキと首を鳴らしながら、足早にその場を後にする。
「覗きは終わった?」
急ぎ足で女子寮へ戻ろうとするわたしを引き留めたのは……見目麗しい一人の男性だった。
「……セリアン様にご挨拶申し上げます……」
制服のスカートを少しだけ摘まんで礼をとる。
この世界で生まれて早18年。
こういった仕草もすっかり慣れたものだ。
「ふふっ。ボクとキミとの仲じゃない。そんな堅苦しい態度されると……悲しくなるなぁ」
悲しいなんて微塵も感じさせない、氷のような冷たい瞳がわたしを射抜く。
「……オタワムレヲ……」
そうは言ってもセリアン様はこれが通常なので、シラっと受け流す。
「……相変わらず君は面白いねぇ。エステル・オウエンズ伯爵令嬢」
こてりと首をかしげると、彼の艶やかな銀髪がさらりと揺れた。
単純に見てる分にはきれいなんだよなぁこの方。
ずっと見ていたくなる容姿をしている。
……まぁ、そう
◇◆◇◆◇◆
「あなたは死にました」
急にそう言われて『はいそーですか』って納得できる人間がどれくらいいるんだろう?
とりあえずわたしは納得できない側だったから、目の前でなんか光り輝いてる神々しい女神サマみたいな人に物申す。
「そう言われて納得できるとでも? トラックに轢かれた訳でもないのにそんなこと言われても……。
ていうかわたしの死因? 死因て何?! ていうか死んだの?! わたし死んだの?!」
正直パニックだ。
突然死んだといわれて動揺しない人間なんていない。
「あなたの死因は……大好きなBL漫画とアルコールを持ち込んで長風呂をした挙句……のぼせて眩暈を起こしたんですね。
で、倒れた際打ち所が悪く……。ちょうど連休に入ったこともあって発見が遅れ、連休明けに無断欠勤したあなたの様子を見にきた上司と同僚に発見されたようです。
良かったですねぇ。あなたは無断欠勤するような人じゃないから~って上司の方が随分と気にかけて、発見が早まったみたいですよ。
ただまぁ……発見時に全裸とストロングな缶チューハイと肌色多めのBL漫画を見られて……「いっそ殺せっ!」 ……だからもう死んでます」
とりあえずその場をのたうち回る。
あのイケオジでシゴデキでついでに愛妻家の上司に全裸とスト缶とついでにR18BL漫画を見られたなんて恥っ! 一生の恥っ! 末代までの恥っ!
「安心してください。あなたが末代です」
「とどめささないでくれるかなぁ!!」
「とどめもなにも……もう死んでます」
「うっせぇわっ!」
膝を抱えてシクシク泣き出したわたしに、自称女神は容赦なかった。
「お話を続けますね?」
「容赦ないねっ!」
「で、あなたが生前お書きになってた物語がですね、神々の間で大変人気でして……」
女神擬きの言葉にきょとんとしてしまう。だって……。
「ゴリゴリ濡れ場ありのR18BL小説が?」
「えぇ、まぁ。あなたの世界でも有名でしょう? 神々の性別その他関係なく愛に生きる生き
「……なんか個人的な因縁でも?」
「長く在ると色々あるのです。でまぁ、あなたの物語で大変楽しませていただいたお礼に、あなたをあなたが書いた物語の世界に転生させてあげようということになりまして……」
ゼウスになんか個人的な恨みでもあるのか、一瞬般若のような顔になった女神とやらが淡々と説明する。
て、自分の書いた物語に転生……ねぇ。
「え、イヤですが?」
「……何故です?」
あんなに楽しいのに……という呟きは作者としては非常に嬉しいのだが……。
「いやだってわたしの書いた話って、傲慢αによる凌辱監禁メリバなオメガバの世界とか、俺様社長のヤンデレ溺愛囲い込みエンドの世界とか、ヤクザの攻めとのすれ違いから離れ離れになった受けが悲惨な目に逢いつつ再会エンドとか、魔王を倒して世界を救うために命を懸けた攻めが行方不明になってなんやかんやあるエンドとか、読む分にはいいけど、実際その世界の住人だったら苦労しそうなのばっかじゃない?」
特に魔王がいる世界とか嫌過ぎる。
あれは確か、勇者だった攻めが何年か行方不明になる為、世界は魔王に蹂躙されてしまうのだ。
攻めの生存を信じた受けが、なんやかんやあって魔族に封印されていた攻めを探し出して魔王を倒すまで、色々悲惨だった……はず。ぜったい行きたくないねっ!
「そうかもしれませんが……。あ! だったらあの学園モノはどうです? 貴族の攻めと平民の受けが身分差とか周囲の反対とか、より高位の貴族令息からの横やりを躱して幸せになるお話」
結構平和じゃないですか? そう小首を傾げる女神(たぶん)の言葉に一理あると思った時点で負け確というやつだったんだろう。
「それにあなた……常々言ってましたよね? BLカプを見守る壁になりたいって……」
「うぐぅ!」
図星が痛い。
確かに言っていたけどもっ! けどもっ!
「さすがに人間に転生したい……デス……」
してやったりの女神(恐らく)の顔が憎らしい。
「では……あの世界に……」
「ちょっと待ったぁ!」
「なんですか?」
あの世界、比較的平和ではあるのだが、一点だけどうしても気になる部分があるのだ。
「あの! セリアンだけは……どうにかしてくれませんかねっ?!」
「セリアン……あぁ、あの当て馬の……」
そう。セリアン・スペンサー公爵令息は主人公カプの邪魔をする当て馬だ。
銀の髪に氷の瞳を持つ彼は、その見目から幼い頃から冷徹な人間だと周囲に思われてきた。……悪意ある噂と共に。
そこには生まれながらに約束された高位貴族としての未来と、誰もがひれ伏すような美しさを彼が持っていたことによる、妬みがあったのだろう。
だけど、幼い頃から周囲の悪意に晒され続けた彼は、周囲に壁を築いてしまう。
誰も触れないように、触れさせないように。
そんな壁を気さくな態度で打ち破ったのが、攻めだったのだ。
そうして(ちょろい)セリアンは、攻めに恋をする。
だが、男同士であり、お互いに家の跡継ぎである事から、想いは秘めたまま、友人として攻めの隣にいることを選択していた。
それを揺るがしたのが、平民出身の受けの存在だ。
自分に向けられるのとは違う、攻めの熱い視線を一身に受ける受けという存在が憎らしく思えるのは当然のことで。
また家を継ぐために努力してきた攻めが、受けの為なら家を捨てても構わないと決意する場面では、お互い切磋琢磨してきたのに、受けの為にその努力をあっさりと捨てようとする攻めに絶望した。
結果、セリアンは闇落ちする。二人に対して憎しみすら抱くようになるのだ。
さらに彼は、二人の邪魔をするようになる。
それは受けの命すら危ぶまれる、苛烈極まりないものになっていくのだ。
だが、破滅の時は迫る。
ならず者に攫われそうになった受けを助け出した攻めが、全ての黒幕がセリアンである証拠を掴む。
あとはお約束だ。平民とはいえ受けに対する犯罪行為を暴かれ、セリアンは破滅していくのだ。
とまぁ、こんな感じな訳だが、できればわたしはセリアンに破滅の道を歩んでほしくない。
何故なら……セリアンがわたしの推しだからだ!
作者のくせにメインカプ推しじゃないのかーいと言うなかれ。
この話に関しては、別。
見た目も性格も態度も拗らせっぷりもセリアンの全部がわたしのヘキをぶち込んだ存在なんだから。
だからこそ……セリアンには破滅して欲しくない。
「じゃ、あなたがどうにかなさいな」
「は?」
女神の言葉にポカンとしてしまう。
「別に私たちはメインカプの行く末を見て……じゃなくて、せっかく転生するならあなたのお好きなようにしちゃいなさいな」
「いや、だって神様達はあの話が好きなんでしょう?」
原作改変ってご法度なんじゃ……?
「好きだけど、今回のはあなたという異物を投入したらどうなるかっていうこうきしn……ま、まぁ! がんばりなさいなっ!
……チートとかはあげられないけどね」
「チートないんかいっ!」
思わずツッコミを入れてしまう。
ていうか、この女神(推定)、なんて言いかけたぁ?!
「それじゃつまんないでしょ? じゃあ、いってらっしゃーい!」
「あっ?! こらっ! ちょっとまてぇぇぇぇ!!」
だけど不思議な力に逆らえず、気づいたらわたしはエステル・オウエンズ伯爵令嬢として生まれ変わっていた。
それからのわたしは頑張った。
チートはないと宣言されていたとはいえ、そこは原作者としてのバッファがある。
主人公カプをくっつける為に、いや正直に言おう。
セリアンを闇落ちさせないために色々、そりゃもう色々頑張った。
結果、当て馬セリアンが闇落ちしないことによって主人公カプの成立が怪しくなったのをなんとかして……。
(当て馬セリアンが動かなかった結果、二人の仲が深まるイベント的なものが起きなかったのをリカバリした。死ぬかと思った)
そして今日!
主人公カプはめでたく結ばれたのだっ!
これがエンダァァァァァァ! でなくてなんなのだ!
主人公カプは、今後どうなるか知らんけど、今はハッピーエンドだし、セリアン様は闇落ちしてないし!
これはもう大勝利と言っていいのでは?!
なぁんて浮かれていたわたしは気づいていなかったのだ……。
本来攻めの侯爵令息に向けられるはずだったセリアン様のクソデカ感情の矢印がどうなっていたのかを……。
それは消えてはいなかったのだ……。
向けられる方向が変わっただけで、ソレは存在したままだった。
そう、セリアン様のクソデカ感情の矢印が向けられていたのは……。
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