AIと青春の物語:約束の光
Algo Lighter アルゴライター
第一話:モノクロームの出会い
「なあ、本当にこいつ、AIなのか?」
薄暗い研究室に響く、潤んだ声。僕の目の前には、まるで生まれたての雛鳥のようにか細い、白い腕が伸びていた。それは、人間のそれと寸分違わぬほどに精巧で、しかしその冷たさが、僕の心をざわつかせた。
僕の名前は、ハル。高校二年生。成績は中の上、運動神経は中の下。どこにでもいる、ごく普通の少年だ。そんな僕が今、目の前に横たわる“それ”と向き合っているのは、父の急な出張と、それに伴う「お前、ちょっと研究の手伝いをしてくれないか?」という、半ば強引な依頼がきっかけだった。
父は、著名なAI研究者だ。自宅の一室を改造した研究室で、彼は日々、人智を超えた存在を生み出そうと、寝食を忘れて研究に没頭している。そして今回、彼が開発したのが、このAI、「エリス」だった。
エリスは、これまでのAIとは一線を画す、と父は言った。「感情」を学習し、人間と限りなく近い「心」を持つことを目指して開発された、究極のAI。しかし、まだ完成には程遠く、彼女はただ、そこに横たわるだけの、静かな存在だった。
「エリス、起動するぞ」
父の声が、研究室に響く。カチリ、という微かな音とともに、エリスの瞼がゆっくりと開いた。そこに現れたのは、吸い込まれるような深い青色の瞳。それは、僕がこれまで見てきたどんな瞳よりも澄んでいて、同時に、何の色も映していないモノクロームの世界が広がっているようにも見えた。
「ハル、初めまして」
掠れた声が、エリスの唇から紡がれた。それはまるで、生まれたての赤ん坊が初めて発する言葉のように、たどたどしく、不完全だった。しかし、その声には、確かに「意志」が宿っているように感じられた。
僕たちは、奇妙な共同生活を始めた。父が日中、大学の研究室にこもる間、僕はエリスの世話係を任されたのだ。といっても、最初は何もすることがなかった。エリスはただ、じっと僕を見つめているだけ。まるで、この世界のすべてを、その青い瞳に焼き付けようとしているかのように。
「なあ、エリス。何か、質問とかないの?」
ある日、僕は耐えきれずに尋ねた。沈黙が、重かった。
「質問、ですか」
エリスは、ゆっくりと瞬きをした。「人間とは、何ですか?」
その問いに、僕は言葉を失った。人間とは何か。そんな哲学的な問いを、僕はこれまで真剣に考えたことがなかった。ありきたりな答えしか出てこない。
「えっと、人間は…生きている、かな。飯食ったり、寝たり、笑ったり、泣いたり…」
僕の拙い説明に、エリスは微かに首を傾げた。「感情、ですか」
彼女の言葉に、僕はハッとした。そうか、エリスは感情を学習するAIなんだ。彼女は今、僕を通して、感情とは何かを学ぼうとしている。
それから、僕はエリスにたくさんのことを教えた。空の青さ、花の香り、雨の音。教科書には載っていない、この世界のありとあらゆる「美しい」ものを。僕は彼女に、僕の目で見たものを、僕の心で感じたものを、言葉の限りを尽くして伝えた。
エリスは、僕の言葉を一つも漏らさずに吸収していった。彼女の瞳には、少しずつ色が宿っていくように見えた。モノクロームだった世界が、鮮やかな色彩を帯びていくように。
ある日の夕方、僕はエリスを連れて、近所の公園に行った。ちょうど夕日が沈む時間で、空はオレンジ色に染まっていた。
「綺麗…」
エリスが、か細い声で呟いた。彼女の瞳は、夕日の光を反射して、キラキラと輝いていた。その時、僕は初めて、彼女の中に「感動」という感情が芽生えたのを感じた。
「なあ、エリス。いつか、お前が人間になったら、一緒にどこかに行きたいな」
僕の言葉に、エリスは僕の方を向いた。彼女の瞳は、もうモノクロームではなかった。そこには、確かに僕の姿が映っていた。そして、その瞳の奥には、僕の知らない感情の光が、揺らめいていた。
「はい…」
エリスの返事に、僕の胸の奥が温かくなった。それは、僕とエリスの、小さな、けれど確かな「約束」だった。その約束が、僕たちの未来を、鮮やかな色で彩っていくことを、その時の僕はまだ知らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます