第16話 ひとり旅
世界は終わった。
ノビーはわたしを庇って絶対の盾を使い、そして死んでしまった。
盾の中にいたわたしだけが生き残り、気づいた時にはダンジョンのタイムリミットが来ていた。
ランク
ノボルが勝てなかったモンスターに、誰も勝つことなどできなかった。
廃墟と化した街。
空は灰色で、太陽さえもかすんでしまっている。
「ノビー……」
わたしは何度も彼の名前を呼んだけど、耳に響くのはただ虚しい自分の声だけだった。
わたしはひとりだった。
誰もいない街では世界各地で崩壊したダンジョンからモンスターが溢れていた。
だが、盾のスキルが残っているため、わたしは一人で生き続けた。
盾のスキルが切れる頃、世界中にいたモンスターも獲物となる人間が全滅してしまったため、自己再生などができるモンスターを除いては消滅し始めていた。
目の前に現れたモンスター、わたしは無意識のうちに戦闘体制入って、そこで気づいた。
HALUがわたしの中で静かに目覚めている。
直感で認識できたそのスキルは『一度だけ、対象のスキルをコピーして使用できる』というものだった。
研究所では最終兵器だと呼ばれていたけど、実際に発動したのはノビーが死んだ後だった。
わたしは自分を呪った。
最恐ダンジョンのボスに対してこのスキルが使えていれば結果は違ったかもしれない。
だが実際には、わたしはただのお荷物だった。
わたしがHALUの器としてノビーと旅を共にしていなければ、ノビーは自分に盾を使って生き延びられていた。
わたしにはもう、守る人もいない。
わたしはそれから何ヶ月も放浪した。
『一度だけ』という条件を見て、HALUのスキルは使わずにいた。
食べ物を探して、廃墟となった街や店を回り、生きる意味もなくただひたすら歩き続けた。
まるでゾンビのように生きるだけ。
孤独で、寒くて、死にたいと思うこともあった。
でも、ノビーが命をかけて守ってくれたわたしには、死ぬことすら許されなかった。
そんなある日、空に巨大な影が現れた。
それは、雲の合間から突如姿を現した巨大な天空ダンジョンだった。
ダンジョン崩壊までたった数日しかない。
最恐ダンジョンですら半月の猶予があったのだから、それをさらに上回る難易度ということになる。
あまりの存在感に目を奪われたけど、どちらにせよ攻略する人間などもういない。
ダンジョンは誰にも攻略されないまま、一定の時間が経つと轟音と共に崩壊を始めた。
そして、その崩壊したダンジョンの中心から、ひときわ異質な存在が姿を現した。
無数の時計を従えたモンスター。
かなり離れた位置からでも、他の有象無象とは全く違う魔力を纏っていることがわかった。
最恐ダンジョンのボスですら、ここまでの魔力は感じられなかった。
名前がマリアクローネということだけは確認できたが、それ以外は全て不明。
マリアクローネは地上に降り立ち、まるで何かを探しているように周囲を見渡した。
わたしはその姿を見て、本能的にHALUの力を発動させた。
マリアクローネのスキルを、コピーしたのだ。
どのようなスキルを持っているのかはわからなかったが、先手で倒しきらなければ、一瞬で命を失うことになってもおかしくはない。
コピーしたスキルの内容など確認せず、すぐに全力で発動させる。
すると周囲の景色がぐにゃりと歪み、マリアクローネの背後にあった時計の針が逆回転を始めた。
混乱した。
けど、すぐに理解した。
時間が巻き戻っている。
天空ダンジョンの時計が復活し、タイムリミットが巻き戻ったかと思うと、ダンジョンは消えてなくなる。
太陽が西から登り、東に沈む。
雨は地上から天に降る。
逆行する時間の中で、わたしは幽霊のようにそこに立って、ただその様子を眺めていた。
このままいけば、ノビーも生き返るのではないか、そう期待したが、世界はそんなに都合良くできていなかった。
巻き戻りが止まったのは、わたしがHALUの覚醒に気づいた頃だった。
『一度だけ、対象のスキルをコピーして使用できる』HALUの力を体の内側に知覚する。
時間が戻り、『一度だけ』のスキルも再び使えるようになったみたいだ。
でも、当然そこにノビーの姿はなかった。
時間を巻き戻しても、ノビーを失った事実は覆せなかった。
わたしは絶望したけど、同時に確信した。
ノビーに生かしてもらった人生を無駄にしないためには、なんとかあのボスを倒さなければならない。
そのためには、いろいろな準備をしてマリアクローネに挑み、ダメならまたあの時間操作のスキルを使えばいい。
――そこから、終わりのないループが始まった。
何度も何度も天空ダンジョンは崩壊し、その度に時間を巻き戻した。
有効打を見出せないまま、ループ回数だけが重ねられる。
ノビーはいない。わたしはいつも一人ぼっちだった。
繰り返すたびに、わたしの心はすり減っていった。
「ねぇ、ノビー……わたし、どうすればいいの……?」
誰も答えてくれない問いを繰り返しながら、わたしはまた次のループを始める。
そんなことを何回も繰り返しているうち、ある巻き戻りの直後、ふとした違和感に気づく。
『二度だけ、対象のスキルをコピーして使用できる』
HALUの能力が進化していた。
本来スキルは何度も使って訓練することで進化するものだが、HALUのスキルは『一度だけ』だったので、進化のことなど全く考えていなかった。
何度もループしているうちに、スキルは成長していたのか。
わたしはその時、世界が崩壊してから初めて、微かなの希望を光を見た。
これなら、マリアクローネの時間操作スキルに加えて、もう1つ別のスキルもコピーできる。
その可能性を手に入れた時、真っ先に浮かんだのは、研究施設で見たネクロマンサーのスキルによって魂を移された子どもたちのことだった。
ネクロマンサー、それも上級のネクロマンサーのスキルを使えば、死者を蘇らせることができるかもしれない。
わたしは胸が高鳴った。
これだ。これがきっと答えなんだ。
次のループでマリアクローネが再び現れた時、わたしは迷わず時間操作のスキルをコピーし、また時間を巻き戻した。
私は無数のループを繰り返してネクロマンサーを探し続けた。
モンスターはほとんどが消滅してしまっていたので、ネクロマンサーが生き残っているのか不安もあった。
だが、魂を操る性質上から、半永久的に生きられるはずだ。
そして、ようやく見つけた上級ネクロマンサーは崩落した地下鉄の駅を根城にしていた。
崩落に巻き込まれたようで、体を半分失っていて、もうじき消滅してしまうようだった。
死にかけのネクロマンサーに向かってHALUを発動する。
そしてすぐに体の中にあるスキルが変化していることを知覚する。
『一度だけ、スキルをコピーして使用できる』
『供物を捧げることで魂と肉体を生成することができる』
無事スキルをコピーできたようだったし、何より、コピーしたスキルがノビーの復活を実現できそうな内容だったことに安堵のため息を漏らす。
雨の中、わたしは最恐ダンジョンが現れた新宿駅東口広場に立っていた。
辛くなるから、ノビーが死んで以来一度も近づくことのなかった場所。
ノビーを復活させるならこの場所が相応しいと思ったのだ。
わたしの脳内に埋め込まれたモンスターに関する知識によれば、ネクロマンサーは死体そのものだけではなく、モノに付着した人間の思念を抽出して魂とするらしい。
だとすれば、供物にするのはノビーと関係の深いモノが良いはずだ。
わたしは旅の途中でノビーからもらったヒツジのペンダントをベンチの上に置く。
これまでずっと大事に身につけてきたモノだったので、体から外すと、自分の体の一部が失われたような感じかする。
でも、ノビーを生き返らせることには代えられない。
「ノビー……お願い、戻ってきて」
わたしは祈りながらネクロマンサーのスキルを発動した。
ペンダントが静かに黒い煙を上げ始める。
その煙は徐々に大きく、濃くなっていく。
少しすると煙が収まっていく。
黒いかすみの中から、おぼろげに姿が見えてきたのは、ベンチの上で倒れている男性。
「ノビー!!」
わたしは喜びの声を上げた。
すぐに近づくと、意識はないが、息をしている。
「ノビーが……生きてる……!」
あまりの嬉しさに膝から崩れ落ちる。
これで、また一緒に旅ができる。
それに世界のラスボスを倒すのに彼以上の適任はいない。
わたしはノビーが目を開けるのを待った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ノビーが蘇ったところまでは良かったのだが、問題はそこからだった。
蘇ったノビーはわたしの知っているノビーではなかったのだ。
目を覚ました彼は、わたしのことを何も覚えていなかった。
戦闘能力も本来の力には程遠く、マリアクローネに戦いを挑んでも、あっという間に敗北してしまった。
結局、また世界は時間の逆行を余儀なくされた。
でもわたしは諦めなかった。
何度もループを繰り返し、何度もノビーを蘇らせて、少しずつ方法を変えながら試行錯誤した。
回を重ねるごとに、ノビーが映ったオーブを供物にすることで、ノビーの蘇生状態や記憶が少しずつ改善していくことにも気づいた。
HALUやそれに関連することを口に出そうとすると、肺を握りつぶされたような苦しみに襲われることもわかった。
何度もループを繰り返すうちに、マリアクローネに挑む前は決まってノビーと一緒にオーブを探し回るという流れができた。
見つけたオーブはループ開始後、すぐに集め直し、蘇生の供物として捧げる。
ノビーが映っているオーブが5個を超えたあたりから、少しずつノビーらしさが出てくるようになった。
しかし、なぜか彼はいつも暗い顔をしていた。
だからせめてわたしだけは、笑って旅をするという二人の夢に近づくため、どんなときも笑顔で振る舞った。
ノビーがわたしの思い出を覚えていなくても、ループで築いた関係がリセットされて辛い気持ちになっても、それでも笑顔で振る舞った。
けれど、それでもまだマリアクローネには勝てなかった。
「何回繰り返せばいいのかな、ノビー?」
いつか彼の記憶が完全に戻って、最強の彼が戻ってくる日を信じて、わたしはループを繰り返した。
終わりの見えない果てしなく長い道のりだったけど、それでもわたしにはノビーが必要だった。
何度でも、何十回でも、何百回でも繰り返そう。
そうしてわたしはまた次のループを始めた。
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