恋路に迷う子羊よ AIを信じよ

一ノ本奈生

第1話 恋愛サポートAI「TENSHI」 ウリエル登場

 炬燵の上にスマホを置く。足を突っ込むと愛猫のケンジが「ミャー」と嫌そうな鳴き声をあげて中から出てきた。「悪い悪い」と俺は謝って、炬燵を譲ってもらう。

うやうやしくアプリのアイコンをタップし、基本情報を入力していく。ログインしてプログラムを起動させると、オルゴールメロディとともに電子音声が再生された。スマホの画面にはアニメキャラクターみたいにデフォルトされた金髪碧眼の美少年が映し出され、礼儀正しくぺこりと頭を下げた。

「こんにちハ。私は恋愛サポートAI『TENSHI』の第四世代型U-Rieruデス。私のことは“ウリエル”とお呼びくだサイ」

 少年の金色に輝く頭の上には黄金の輪っかが浮いており、背中には立派な翼が生えている。顔は見目よく、ニキビ一つない陶器のような肌はつるりとしていて羨ましい。

「ご用件は何でしょウカ?」

 このアプリを起動したからには、要件はほぼ一つしかないだろうに。それでも自分の口で言わなければならないのだろうか。ウリエルの青い目を直視することができず、俺は視線をきょろきょろと漂わせる。

「ある女性と交際したい。力を貸してほしい」

「分かりまシタ。では、真壁(まかべ)賢一(けんいち)様の恋愛をサポートさせていただきマス」

 ウリエルは、無垢な笑顔を作った。


 現在の日本は「恋愛大国」として世界にその名を知られている。

 深刻な少子高齢化により、衰退の一途を辿っていたのは過去の話である。とあるベンチャー企業が製作した恋愛特化型AI「TENSHI」の登場によって、日本社会は一変した。

「TENSHI」は、ユーザーの行動、言動、感情、性格、社会的地位にいたるあらゆる情報を分析し、その結果から最適な恋愛を支援してくれる人工知能である。デートコースの提案、各飲食店やデートスポットの自動予約、記念日や恋人の詳細情報を自動記録するなど「恋愛」についての全てを網羅しており、「TENSHI」に恋心をゆだねれば、その恋はもう成就したも同然という、まさに電子世界に降臨した恋のキューピッドであった。

 リリース当初は様々な反発があり、性能自体も眉唾物だと批判されいたが、アップグレードされるたびに精度が増していき、「TENSHI」の力によって成立するカップルは激増していった。

 時の内閣は、「TENSHI」流行の波に乗る形で、すべてのスマホに基本アプリとして「TENSHI」を搭載することを義務付け、「もはや恋愛はインフラである!」というピンク色に染め抜いた公約を掲げた。

 日本人はAIの診断、分析、判断に従うことで、恋愛に対する迷いを払拭することに成功し、少子高齢化社会を乗り越えた。近年のデータによると、結婚をしたカップルの約九割が恋愛AI「TENSHI」を使用したことを公言しており、残りの一割はAIに頼ったことを悟られたくない恥ずかしがり屋さんの集まりだと揶揄されている。

 日本全土が「TENSHI」によって、ピンク色に席巻されていく中で、AIはさらなる進化をするべく、ディープラーニングとアップグレードを繰り返していった。現在は第四世代型AI「U-Rieru」が主流となっている。



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