魔王幹部のニューライフ
ミレニアム弥生
第1部 第1話 始まりの出会い 1
(失敗した・・・!)
崖や森に囲まれた拓けた土地を一人の女が森へ向かって走っている。頭には角の生え、髪を一本結びにしているその女は、右腕に剣を持っているが、左腕を斬られている様子である。止血などもしないままに走っているため走るそばから血がしたたり落ちている。しかしその表情は痛みを耐えている顔ではなく、何かに怯え、恐怖しているという物であった。
その女の後方には四人ほどの人影がある。
「このまま奴を倒さなくていいんですか?」
人影の中の一人が言う。
「いくら魔族相手でも背中を見せた相手を斬ったとなれば「勇者」の名の恥だ。それに奴はもう長くないさ・・・。」
人影の中のリーダーと思われる女が答えた。
しかしそんな会話は逃げる女に聞こえているはずもない。
女は森へ逃げ込み、奥へ奥へと進んだ。とにかく逃れたい、その気持ちで突き進んだ。しかし、森の中心辺りの少し拓けた、普段なら休憩するには最高の場所を見た時に気持ちの糸が切れたのか、そこの中央にある大木に寄りかかるように座った。
誰も追いかけてきてはいないか、それを確認するように逃げてきた方向を見る。荒れる息を整えながらも注意深く。そしてしばらく見たが気配がないため安堵する。そして自分の左腕が切られている事を思い出し止血しようとする。
患部に右手を近づけ右手を光らせる。しかしその光はすぐに消えてしまう。
「魔力切れ・・・・・」
一度は安堵の顔をした表情がまた絶望する。このままでは止血も出来ず、腕を再生させることも出来ない。そしてこの出血を止めなければ命に関わる。
女は必死に考えた。
その時、逃げてきた方向とは逆の方から誰か歩いてくる音がした。女はその音に注意深き聞き耳を立て、見張る。すると一人の男が現れた。
「ま、魔族!?」
男がこちらに気づいたのか、目が合った。男がこちらを少し見た後に、驚き、後ろに倒れこんだ。
普段ならその男を魔法ですぐに殺していただろう。しかし女には既にそのような魔力も体力も残されてはいなかった。
「あんな人間一人も殺せないなんて、ディナルト軍幹部の恥ね・・・。」
そうつぶやくと、女の意識は途切れ、気絶するように眠ってしまう。
その男は森や山での仕事を生業としていた。
山菜やキノコと言った食料から、薬草、魔獣の毛皮、牙、骨などを拾いそれらを村の役場に卸、貨幣と交換している。
そんな男には癒しがある。それは森の中央にある大樹のそばで休憩することだ。これをすることで自然の空気や音で身体が癒され、仕事のメリハリが付き、やる気が出るからだ。男は仕事に一区切りをつけ今日もそこへ向かっていた。
しかし今日はその大樹のそばに人影があった。不思議に思った男はその人影を注意深く観察すると、その人影には角が生えていた。
村の人から聞いた事がある。角や羽が生え、人間とは違う魔法を使う種族がいることを。そして今その種族が大陸侵攻を宣言し戦争状態だと言うことを。
「ま、魔族!?」
男はつい声に出してしまった。そして目が合う。男は驚き尻もちをついた。
本来はすぐに逃げるべきなのだろう。しかし、何かを呟き、そのまま眠ってしまった女が気になってしまい、恐る恐る近づく。聞いていた恐ろしい言い伝えとは裏腹に、身体つきはほとんど人間と変わらず、そして言葉では言い表せないような美しい髪の色に惹き込まれそうになっていた。
しかしよく見ると女は左腕を失っていた。
「腕が無い、何かにやられたのか?」
男は傷口をよく観察した。
「獣にやられたとしたら傷口が奇麗すぎる。となると鋭利な刃物か?」
よく見ると何かに切られて出来たような傷が他にも見られる。誰かと戦闘をしていたのだろうと男は推測した。
傷口の血は止まっていないため、このまま放置すればこの女はそのうち息絶えるだろう。
しかし男は悩んだ。魔族とは言え怪我人を、しかも弱っている相手を見殺しにしてもいいのだろうか?
悩んだ末に走り出した。しかしそれは逃げるためではなく、助けるためだ。男は山の中で水が採れる場所へと向かった。いつも持っている予備の水筒が満タンになるまで水を入れ、先ほどの魔族の場所に走った。汲み終わると、男はすぐに元の場所に戻った。
男は女に駆け寄ると、女の上体を起こし、先ほど汲んできた水で傷口を綺麗に洗い流した。次に仕事の時はいつも持ち歩いているポーチの一つから布、包帯の入った瓶、塗り薬の入った瓶を取り出す。塗り薬は村の調薬師が様々な薬草を組み合わせ作り上げてくれた物だ。布を傷口に合わせ折り、そこに薬をたっぷりと塗る。そしてその布を傷口に当てたらそのまま包帯を巻いて固定した。
一連の処理が終わると男は先ほど水を汲んだものとは別の水筒を女の口に近づけ飲ませた。
「これでよし・・・。」
男は応急処置を終わらせると、それまでの緊張の糸が切れ、樹に寄りかかって眠った。
どれほど眠っただろうか。気付けば陽は傾き、夕方になろうかというところだ。
「くっ」
まだ左腕が痛む。しかし眠る前とは違い、腕には包帯が巻かれてあった。
「これは?」
周囲を見渡すと、すぐそばで誰かが眠っていた。その男は先ほど逃げた男だ。女はすぐそばにあった自分の剣を構え慎重に近づく。
「おい!起きろ!」
「・・・んん・・・」
その声が聞こえたのか男は眠たそうな目を擦りながら女の方を見る。そんな寝ぼけた男に対して女は喉元に剣を突き付ける。しかし片腕ではその剣は重いのか、今にも垂れ落ちそうであった。
「これをやったのはお前か?」
女は顎で自分の左腕を指す。
「あ、あぁ・・・。」
「なぜ助けた?」
「なぜって・・・俺にもよく分からない」
「はぁ?」
女はふざけているのかと思った。自分を見て逃げた男が自分を助けた。しかも理由もあやふやなのだから疑問ばかりだろう。
「くっ・・・」
まだ傷が塞がっているわけじゃないため、激痛が走る。
「あぁ、まだ応急処置だから安静にしないと!ほら、これ食べて」
男は薬を入れていたポーチとは別のポーチから何かを取り出す。
「これは?」
「非常食。パンみたいな生地に乾燥させた果物を入れてカラカラになるまで焼いた物だから簡単に栄養が採れるんだ」
「変な奴ね、お前は」
女は男から非常食を受け取り食べる。すると男は非常食を出したポーチから自分の飯を取り出す。パンに干し肉を挟んだ物のようだ。
二人は静かに自分の食事を取る。すると女が口を開く。
「お前、名前は?」
「名前?俺はアツタ・サクヤ。サクヤって呼んでくれ」
「珍しい名前ね。ヒノワ国の人間?」
「ヒノワ・・・って東の方にあるっていう島国だっけ?てわけじゃないんだけど・・・」
「本当に変な奴ね、貴方は」
「そんなお前こそ、名前は?」
「おまっ・・・。まあいいだろう。私の名はリーナベル・リ・アルクトゥラ
だ。」
「リーナベル・・・、じゃあリーナだな」
「・・・、いきなりそう呼ぶ?」
「じゃあなんて呼べば?」
「・・・まあいいわ。」
そんな会話をしていると二人の食事が終わる。リーナも落ち着いてきた様子なのを見てサクヤは立ち上がり、リーナに手を差し伸べる。
「じゃあ行くか」
「行くってどこへ?」
「村だよ。俺の住むサフラトって村に」
「どうして?そこまでされる義理は無いでしょ」
「ここまでしたのに見捨てられないだろ?それに今は落ち着いていても、怪我のせいでこれから熱が出るだろうし。それに村にいけばちゃんとした手当ても出来るからな。」
「そこまで言うなら仕方ない。ついて行くわ」
リーナは納得するとサクヤの手を取り立ち上がる。
サクヤはリーナに肩を貸し、二人で村に向かい歩き始めた。
「村に行くんだからその角と翼は隠せるなら隠してくれよ」
「なっ、我々の誇りである角を隠せと!?」
「仕方ないだろ。俺はいいけど村の人達は怖がるだろうし。そんな事になれば大変だろ」
リーナは少し考えた。タツヤの言う事も確かだ。
「ならば仕方ない」
リーナは少しだけ回復した魔力を使い、角と翼を隠した。
こうして二人はサクヤの住む村であるサフラトへと向かうのだった。
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