堕落遊戯

平駄殿

第1話

恥は少ないが、後悔の多い人生を送っています。


繊細さという人より多少傷つきやすい性質と随所随所で感じる世界とのズレという創造性とのトレードオフにより引き受けた2つの呪いが私の唯一のアイデンティティでした。それに対してささやかな優越感さえ抱いていました。


時を経て自身が創作者として石女であるという事実の影がうっすらと心に浮かぶようになってからは尚更これら2つの呪いをこの先の人生のお守りとして後生大事にかき抱くようになっていきました。これにより傷つきやすさを免罪符とした故の挑戦と挫折が浅薄な人生経験と良くも悪くも変わり者というステータスを得るに至ったのです。


そのような人間が抱きがちなのは偉大なる創作者たちに影のように付いて周る堕落と破滅、-天照が火の神カグツチを産み落とした時に負い、死に至らしめた火傷のような類のもの-に対する憧れ、甘美な退廃への欲求なのです。


滑稽であることは重々承知ですが、歴史が語るように彼らの特徴として広く共通して見られる奇抜な格好や言動、社会的脱落や快楽への陶酔、これらの甘美な悪癖の真似事は私もよくしたものです。それも中途半端に。


奇抜な格好(自身の臆病さが故に常識の範囲内に留められる)にはパーマのかかった長髪にタイダイ柄のシャツと下駄を、言動には自身が考え得る限りの文化的趣味(ミニシアター巡り、音楽活動、乱読)を、快楽への陶酔には薄いぬるま湯のような酒を(女は希少でなかなか出回らない)、といったふうに情けないほど希釈された悪癖をおそるおそる喫したのです。社会的脱落に関しましてはやはり飽食の時代、自分一人だけなら少なくとも飢えることなく生きてゆけるが地位の向上は今後恐らく望めず、むしろ沈みゆきつつさえある心許ない足場を飛び降りるほどの勇気は持ち合わせてはいませんでした。

闇を這いずり回る決心をするには闇を華麗に泳いでいった先駆者たちの幻が心底にあまりにも鮮明に焼きつきすぎていて、彼らの影に凝縮された名もなき屍の山やそれぞれの無念を直視し、それらの中に身を置くことなど到底できそうになかったのです。


何かを成すために破滅に向かうというのは糸が切れる可能性の高いバンジージャンプに臨むようなもので、迷いなく飛び込み、かつ生き残った者だけが後世に自身が生きた証を鮮烈に刻みつけていったのです。私はロープや睡眠薬を買いに行く努力すらできませんでした。


自身のあまり触れられたくない部分(主に恋愛経験の有無、数)に踏み入ろうとする狼藉者を退散させる方法は簡単でした。どこか遠くに目をやり、自嘲的でニヒルを装った微笑をたたえつつ「あまりいい思い出はないなぁ。」と憂いを演じるのです。大抵の輩は酸いも甘いも知った(酸味80%)この哀愁漂う態度になにか感じるものがあるのか哀れみを、時としてある種の畏敬の念のこもった眼差しを向け、あたかも若くして恋愛に成熟した、色褪せることで味の出たジーンズのような男として扱うようになるのです。


実体のない空っぽのセンチメンタルを演じることにある種の快楽を感じ、遠い目で世界を眺める頻度が増えたのを感じるようになった頃、写真の中の私の相貌には自嘲的でどことなく下卑てすえた匂いの漂うあの“ニヒル風”な仮面が張り付いていたのです。鏡に映る自分の顔は純真無垢な天使とまではいかないものの、実直そうな目をしているというのに。やはり鏡などあてになるものではありません。


ミニシアターに通ってアート性の高そうな映画を訳知り顔で鑑賞し、大衆文学を内心鼻で笑いながら純文学こそ至高であると断言し、数を誇るためだけにただただ浪費していき、皮肉屋で掴みどころのないどこか浮世離れした凡人という一世一代の彫像にこのまま死ぬまで磨きを掛けていくのでしょうか。


自分という人間がどこまで本音で生きているのかがわからない焦燥感から目を背けるため、今日も嘘みたいに安い焼酎を件の悪癖のように炭酸水とレモンで大いに希釈しながら下手なコード弾きで自己憐憫に満ちたメロドラマチックな歌詞を瞳に熱いものを浮かべながら独り口ずさんで頼んでもいないのに毎日律儀にやってくる夜明けを睨みつけるのです。

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堕落遊戯 平駄殿 @karurosufittonesu

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