きぃ子ちゃんのインスタントカメラ

杏樹まじゅ

【第一章.口裂け女と鬼ごっこ】

第1話

 君には、大切なお友達はいるかい?

 君には、忘れられない思い出はあるかい?


 お友達がいない?

 ひとりぼっち?

 いじめられてる?


 ……そう、

 わかるよ。

 わかる。

 寂しいのはつらいもんね。


 そんな君に聞かせたいお話があるんだ。

 僕の話を、ぜひ聞いてみてほしい。


 僕と、不思議なお姉さんと、お化けたちとの──。

 不思議なひと夏の、記憶を。



 二年と五十一日目。令和六年七月九日。火曜日。


 ミーンミンミンミン──……。


 夏の夕暮れ、セミの大合唱が聞こえる田舎道いなかみち

 落陽らくように照らされた山の稜線りょうせんは、燃えているみたいに橙色だいだいいろの縁取りをつくる。

 山間やまあいを縫うアスファルトの道路は昼間の熱を含んでいて、とても熱い。

 でも、外は暑くて暑くて仕方ないのに、なぜだか、とてもうすら寒い。


 ……ひとりだから。

 いつもの学校の帰り道を、僕は独りで、歩く。


 センターパートの黒髪は、夕焼けの光に照らされると紺青色こんじょういろに見える。

 深い青色に見える瞳は垂れ気味で、五年生だけどいつも年下に見られる。

 ブルーのTシャツにベージュのハーフパンツがトレードマーク。

 ほっぺたには、絆創膏ばんそうこう


『やめなさい、月森君、やめなさい! ──どうして、どうしていつもけんかばかりするの』


 担任のけいこ先生は、そう言ってはいつも深いため息をく。


 しるもんか。

 そう言って、帰りの会をすっぽかしてクラスを飛び出してきたところだ。



 僕の名前は月森あお。

 学校では、いつもけんかばかりすることで知られてる。

 お友達はひとりもいない。


『寂しいからって、ひとを叩いてはだめよ。僕も仲間に入れて、きちんとそう言わなきゃ』


 寂しい、寂しい。

 ことあるごとに先生は、そう言うんだ。


 ううん、違う。

 全然違う。


 先生に、僕の何がわかるっていうんだろう。

 わかりっこない。


 僕は寂しくなんかない。

 だって、だって僕には、いるから。


 世界一のお友達が、いるから。


 ぱしゃり。じー。


「やっほ。きみ、来たね」

「もう、撮る時は撮るって言ってよう、きぃ子ちゃん」


 いつも通る鳥辺野とりべの神社の鳥居とりいの陰から、いつものみたいにインスタントカメラのシャッターを切る。


 トパーズみたいな色素の薄いブラウンの瞳。

 吊り目がちで勝気に見えるけど、本当は冷静で大人っぽい。

 琥珀色こはくいろしたポニーテールの髪は、夕日を浴びてきらきら光って、僕は大好きだ。

 グレーのえりとリボンをあしらったセーラー服は、とてもまぶしいんだよね。


 僕の最高のお友達、きぃ子ちゃん。

 ふたつ年上、中学一年生。


 彼女がこうして居てくれるから、僕は寂しくなんかない。


「ほら、いこう?」


 きぃ子ちゃんが手を伸ばす。

 適度に日焼けしていて健康的な、そのお姉さんの手を取って、僕は今日も逢魔が時おうまがときの町を駆ける。


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