第三章 バイザールの戦い(異世界ポンコツロボ ドンキー・タンディリー(3))

紅戸ベニ

第1話 宝の地図を見つけた!

(※本作は、続編です。

『異世界ポンコツロボ ドンキー・タンディリー(1)』

https://kakuyomu.jp/works/16818093086709002499 

 からつづく第三章となっています。

 ここから読んでも困らないように書いてあります。ご遠慮なさらず、ここから読んでいただいても、さいわいに思います)



 「これ、宝の地図じゃん!」


 パルミの声が操縦室にひびきました。

 陸上船ドン・ベッカーの中です。

「うわ。パルミ、耳が痛いよ……」

 とひかえめの声で言ったのは加藤カヒ。パルミよりひとつ年下の九歳です。文句を言いたいわけではないようです。すぐにつづけて言います。

「でもほんとに宝の地図だったら楽しそうだね!」

 とカヒはパルミに笑顔を向けました。

 草木もほとんどない荒野を、ドン・ベッカーは、果てしない彼方かなたに向かって進んでいるところです。道なき道を、人目につかないように、目立たないように旅をしています。巨大な陸上船なので、大地の起伏きふくを利用しても、なかなか難しいのですが、人のほとんどいないダッハ荒野ですから、なんとかなりそうです。

「だしょ、だしょ、だしょー! カヒっちも、わくわくするっしょー!」

 答えるパルミも笑顔です。本殿ほんでんパルミは十歳。小学五年生になったばかりでした。

 パルミのひとつ上、六年生の芝桜しばざくらウインが楽しそうに二人を眺めています。

「ふふふ、美人のパルミがうれしそうにしているだけで、見ているこっちも楽しくなるよ」

 そう言ってわずかな揺れに合わせてポニーテールを揺らすウインでした。たしかにパルミは、男子たちだけでなく女子から見てもはっとするような美人の顔立ちでした。

 操縦席にいる仲間は今は、女子の四人。

 四人目のバノは、ドン・ベッカーの運転を担当しています。

「昨日、撃退した山賊たちが、ドーサ経由けいゆでやってきた冒険者から地図を奪ったと言っていたね。本物の宝の地図かどうかはわからないが、冒険者に宝があると信じさせるくらいには、本物っぽいと言える」

 前方を見つめたまま言うバノでした。

 ウインはバノの斜め後ろの座席で「あはは」と笑います。

「バノちゃん、相変わらず四角四面だね! その本、紫革紙面しかくしめんと同じ。あ、悪口は言っていないよ。そういう個性でいいねって、芝桜ウインはそう言いたいのであります」

「わかってるよ、ウイン。で、どうなの? 君たちは宝の地図に興味津々きょうみしんしんみたいだけどさ」

 バノは女子なのですが、男子のような話し方をします。年齢も十五歳で、ウインより四歳も年上。六人の仲間では最年長でした。

 パルミがくねっと身をくねらせて言います。

「そんなん、わざわざ聞かなくたって、わかるっしょー? いけずぅー、バノっちぃー」

 宝石やアクセサリが大好きなパルミは、言うまでもないという態度です。カヒやウインにしても、同じようなものでした。

「こういうのって、誰が見つけても、いいんだよね? 見つけた人が宝を自分のものにしても」

「カヒの考えでいいんじゃない? どこかの誰かがなくした宝物じゃないんだから」

 そこへふんわりと空中から降りてきた物体がありました。ハート型のビーズクッションみたいな生き物です。この世界にまれにいる精霊、ピッチュでした。名前はハートタマ。六人の子どもたちと違う生き物ながら、仲間の一人です。

「オイラの感応の力で見ても、本物っぽいぜ、この宝の地図。でもオイラにゃ字が読めねえから、内容まではわかんねーけどな!」

 話しているのは日本語ではないのですが、この近世界特有の、自動翻訳じどうほんやくで意味が通じます。

 ハートタマが、書いた人間の残された思念を感知してくれました。人をだますために作られた偽物ニセモノではないようです。

 けれど自動翻訳でも、文字は翻訳されません。ハートタマは人間ではなく、この世界の文字が読めません。ウインが言います。

「そうだよね。私たちも近世界バニア・アースの文字は読めない。バノちゃんだけだね、読めるのは」

 パルミがすかさず言います。

「んじゃー、バノっちに場所とか読んでもらお、さっきも宝だつって教えてくれたのバノっちだし……うにゃっ、でもさっきあたしと交代して、運転中じゃん!」

 カヒが言葉をぎます。

「そうだね。脇見運転わきみうんてんになっちゃうよ。前の二台に追突ついとつしちゃう!」

「ぎゃばー! それダメじゃん絶対に。トキトっちとアスっちのノシイカができちゃうじゃーん」

 ウインがここで「あ、アスミチはルリビリに乗って外を走っているんだった」と思い出して言います。いつもならアスミチがツッコミ役をしてくれるのですが。

「トキトもアスミチもイカじゃないからノシイカにはならないからね、パルミ。でも宝の場所は気になるね」


 ドン・ベッカーのフロントモニターには、前方を走るふたつの影が映っています。


 騎乗生物きじょうせいぶつ――。


 生き物に乗って、この巨大な陸上船を先導している二人がいるのです。

 トキトが乗っているのはハヤガケドリ。その中でもレア種のウロコハヤガケです。彼は仲間でいちばん運動が得意で、ウロコハヤガケも見事に操ります。

 アスミチが乗っているのはルリビリと名付けた青い甲虫です。ウマほどもある大きなライドビートル。ぴかぴかの青い光沢があるこの個体はアスミチによくなついています。彼はルリビリと名付けて、愛馬にしているのです。

「聞こえたよ! ぼくたちをノシイカにしないでね、バノ」

 とアスミチが言い、トキトが続きます。

「そーだぜ。俺とアスミチは金属棒で防御できるけど、ハヤガケドリとルリビリは無理なんだからな。ぶちゅっとつぶれたらかわいそうだろー?」

 ドン・ベッカーの外にいる二人が会話できるのは、思念伝達ができるからなのでした。この世界は魔法があり、彼らも思念伝達くらいは自分でやれるのでした。

「いや待って、トキト。ルリビリは飛べるから! 絶対に潰れないから!!」

 ライドビートルのルリビリも、ハヤガケドリも、会話の内容はわからないので、通常どおりに軽快に大地を進みます。

「おっとそうだった。ハヤガケドリもトリだぜ!」

「そ、そっちは飛べないトリだけどね……」

「だよな! っつーわけで、バノは安全運転でよろー」

 陸上船ドン・ベッカーの前を走り、あたりを警戒する役目の二人が、そんなふうに伝えてきました。この会話はジョークです。バノが脇見運転をして事故を起こすなんて、考えてもいませんでした。

 バノもそれを承知です。

「わかったよ。君たちをノシイカにしない程度に脇見運転をがんばらせてもらおう」

「おわー、ダメだっつってるのに!」

 トキトが笑いながら、返ってきたジョークにあわてたふりをするのでした。


 バノとウインの横から声がしました。女性の声ですが、落ち着きのある大人の声質です。

「文字? 君たちは地球から来たばかりだからこちらの文字が読めないのね。私は、読めるから、手伝いましょう」

 声の通り、大人の女性でした。声がした位置には、さっきまで誰もいませんでした。正確には、ミニチュアダックスフントが一匹、眠っていただけです。エスニックな模様を織り込んだ服を着たイヌでした。

「わ。ネリエベート。起きても大丈夫なの?」

 カヒがさっそく立ち上がり、ネリエベートが座れるように空き座席をくるっと回してシートベルトを手に持ちました。ネリエベートは仲間と同行している客人で、グーグー族という一族です。この世界にまれに生まれてくる、ほかの生き物に身を変えるちからを生まれ持った獣人でした。イヌの姿から、ヒトに戻ったのでした。

「うん。ありがとうカヒ。イヌの姿が楽だからって一日中ヒトに戻らないでいるのも毒だからね……出産が近づけばヒトでいなければならないんだもの」

「だよねぃ。あ、ネリエっぴ。あたし飲み物用意するね。味のついたやつがいい?」

「パルミ、気が利くのね! そうね、せっかくドン・ベッカーに乗せてもらっているんだもの、作れるやつ、あれがいいな。炭酸水!」

「オッケーよん。うちらの弟ドンちーは、優秀だかんねー、炭酸水くらいお茶の子シュワシュワよん」

 お茶の子さいさいという言葉に、炭酸水の泡のシュワシュワが混ざっています。パルミは独特の言葉をすぐに作ってしまいます。

 ドン・ベッカーは特別なマシンで、大量の清潔な水や食料を運ぶことができ、冷却も温めも自在です。


 ネリエベートは炭酸水を楽しみ、地図の文字を読み上げてくれました。

「ここから離れていないわね。そりゃそうよね、山賊に襲われた冒険者は、この地図の場所を目指していたんだもの」

 バノが聞きます。彼女のぼさぼさの金髪の後頭部をこちらに向けたまま。

「こことの位置関係や距離がおおよそわかるかい、ネリエベート。もし立ち寄れるなら、私たちの経験にもなる、検討したい」

 バノは六人の中では指導役になることが多いのです。そのバノから許可が出たと知り、仲間たちは大喜びでした。

 リーダー役はトキト。そのトキトもハヤガケドリの背中でぴょーんと腰を浮かします。たぶん飛びねる動きをその場でやってみせたのでしょう。

「うっひょー、宝の地図で探検なんて、異世界冒険っぽいぜ!」

 アスミチも調子を合わせます。

「そうだよね! 地球じゃそんな経験できない。ぼくも知りたい。どんな場所に、どんな宝があるんだろう」

 ネリエベートがやさしくほほんで伝えます。


「深き大地の裂け目。暗闇に無数の赤き火、ともる。もっとも暗き深淵に、文明の結晶のきらめき。秘宝の正体わからねど、ここに記す。この地図に偽りなきことを魔法の誓いに残す」


 ネリエベートの言葉も日本語ではありませんが、仲間たちにはこのように理解されたのでした。ウインが、読書好きだけあって、ただちに意味を考えて、伝えます。

「きっと大陸岩盤流動たいりくがんばんりゅうどうけ目のことだね」

 この土地ならではの、大地の移動を思い出し、地図に結びつけます。

「このミロスト大陸は年に数百メートルも地面が動くことがある。だから裂け目があちこちで生まれるって聞いた」

 たしかにそうした大地の動きを地震、地下深くの地底湖として、ウインたちはもう体験してきています。

「その裂け目のひとつ。深い底のほうに、赤い光がたくさんある。その中でもいちばん奥に、文明の結晶の光がある。宝の正体はわからない。でもこの地図は本物だ、誓います、ってことだよね」

 パルミは気持ちがたかぶったまま、言います。

「さっすが文学少女のウインちゃん。わかりやすいにゃん」

 パルミも五年生ですから、解説がなくてもだいたいは意味がわかった気がしていました。でも言い直してもらうとずっとわかりやすいのも事実です。

 そうなると、問題は場所でした。ネリエベートはしっかりと胸を張って言うのでした。

「うふふ、行って帰るなら一日かからない距離。ベッカーの速度ならもっと短い時間で立ち寄れるわね。そしてこのネリエベートは、地形感覚には自信があるの。私の夫の方向音痴ほうこうおんちとは、大違いなんですからね!」

 と、さり気なく、ここで夫と言いました。みんな、それが誰のことか理解できました。その彼女の「夫」と、子どもたちは命がけの冒険をしたのです。

 そのとき、操縦室全体に、声が響きます。小さな男の子の声のような声質で、しゃべり方も、仲間たちより年下の感じ。

 ドン・ベッカーがしゃべったのでした。正しくは巨大ロボットのドンキー・タンディリー。この陸上船に変形しているロボットそのものに意志があるのです。

「ボクにも地図が見えてるよー。ネリエベートお姉ちゃんが指を置いているのが、現在地なんだね? じゃあボクのほうでバノお姉ちゃんをナビできる!」

 いちばん異質の仲間、八人目のみんなの「弟」がこうして案内の補助をすることになりました。

 


 ネリエベートの案内はほんとうに正確でした。


「トキト、見て。裂け目っていうか……引き破ったみたいな形に地面が、こんなに大きく口を開けてる」

「マジで、ひっちゃぶかれた(引き破かれた)厚紙みてーだよなー! こりゃ大地の力っつうやつだな」

 アスミチとトキトの言う通りの景色が目の前に現れました。

 赤茶けたダッハ荒野の果てしない大地に、黒い裂け目が出来ています。ただ単に割れたというより、片側は右へ、もう反対側は左へと引っ張られて裂けてしまったという形に見えます。

 ベッカーから全員が降りてきました。ネリエベートはベッカーの中で休みます。妊婦であることと、危険のさなかでも眠ってしまうほど眠気が強くなることがあるからです。

「バノちゃんの説明では、こういう穴や裂け目は、珍しくないんだよね」

 質問したのはウインでした。

「そういうことになっている。地図を作った人も、とくに珍しい地形とは書いていなかった」

 答えたバノに、ハートタマがさらに言葉を追加します。

「だな。地形としちゃ、ありふれてるっつう思いで書いてるっぽいぜ。魔法の誓いを乗っけてるから、オイラにはわかる」

 パルミが感心します。

「いやはやー。いろいろわかるの、ほんとになんちゅーか、便利よねえ。まるで……」

 きょろきょろと仲間の顔を見回しました。ちょっと心配そうな顔で。きっと仲間たちが答えてくれるか少し心配だったのでしょう。カヒがとんとん、とパルミの手の甲を叩き、笑顔を向けています。

 仲間たちは全員で言いました。


「まるで、魔法みたいだ!」


 この世界は魔法がある世界。魔法の生き物であるピッチュがいる世界。巨大ロボットが弟のように仲間になり家族になる世界。


    #    #    #


 バニア・アース。

 地球によく似ているけれど地球ではない世界に、子どもたち六人、そしてハートタマとドンキー・タンディリーが旅をしています。


 空に飛び上がったルリビリの背中から、アスミチの声が思念とともに(羽音で聞こえにくいのでした)伝わってきます。


「みんな! ほんとに底が見えないくらい深い。そして赤い光がいっぱい見える。なにかは、わからない。地図と一致してるよね。だから、間違いなくここが宝の場所だよ!」

 ドンキー・タンディリーとその仲間。

 ドンタン・ファミリーが大地の裂け目で宝探しをします。


 これから冒険、と仲間たちが浮足立ちかけていました。

 そんなタイミングで、バノとハートタマの声が空気を裂きます。

「アスミチ、降りてこい! 危険だ!」

「そーだぜ、アスの字! すぐこいー!」

 とたんに場が張り詰めます。

 バノは、知識と判断力が抜群に優れた女子です。ハートタマは持ち前の感応の力があります。谷にひそむ危険に気づいたのでした。

「わ、わかった……うわわわわわ! ルリビリ!!」 

 アスミチも眼下のなにかに気づいたようです。

 大地の裂け目から、暗闇から、火炎かえんが吹き上がりました。

 大人の胴体くらい太い火柱ひばしらが、ボッボッボッと、起こります。何条なんじょうも下から吹き上がってルリビリとアスミチを襲ったのです。



 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る