第26話 解答

 恋に理由なんて無粋なものは必要ない。


 惚れたから惚れたのだ。そんなこと、俺だって分かりきっている。さっきは唐突すぎて驚いて、なんで、なんてことを聞いてしまったけれど……


 もう、そこについて何も言いはしない。


「……ありがとう、咆哮院。でも俺は……」


「おや、狼の魔王様。こんなところで何を?」

「え〜ウケる。知り合い? どこでどこで〜?」


 【流星群】を。全方位に向けて放っていた。


 会話を打ち切るべきだと咆哮院も判断したのか、彼女も自分こら俺の腕の中から降りてくれた。同じように戦闘態勢に入り、両爪を振るっている。


 刹那、金属音。衝突している。


 俺の【流星群】は漆黒の十字架と。咆哮院の爪は、白銀の騎士が掲げる巨大な両手剣と。


「え、なになに。イベント?」

「でもここ花火と結構離れてるよ?」

「やだてことは喧嘩?」

「やめてよねこんな夜に……」


 ……ここは人目が多すぎる。


 地面から噴き出るようにして【彗星】を連続させ、生まれた隙に【公転】を強制付与。ほぼ瞬間移動にも等しい速度で、俺たち4人は移動を開始した。


 辿り着いたのは、人1人いない工場の跡。互いに戦闘態勢は解かず、敵意をもって睨み合う。


「……サンクチュアリ。まさか斯様な場所で」


「こっちのセリフだよ。今日は純粋に花火を見に来ただけなのに……警戒心が足りてねえんじゃねえか?」


 十字架は、サンクチュアリと咆哮院が呼んだ男の武器だった。ただ黒いだけじゃない……まるで、周囲の色全てを飲み込むかのような黒。


 持ち手のついた十字架は、俺には酷く冒涜的な何かに見えた。加えて、全ての【流星群】を受け止めて尚傷1つ付かない耐久力……なんなんだ。


 そして、もう1人。7人の騎士に守られるようにして立っている、金髪を巻いた少女。歳の頃は17程度……正に高校生と言うべき出で立ちだけど。


 見れば分かる。駄作衆。


「……聞かせなさい。何故敵意を向けたのか。まずは対話から入るタイプだと思っていましたが?」


「悪いがあんたの確保は最優先事項だ。逃げられたせいで、バジャルさんも上から散々言われててな。忠実な部下としては、心労を減らしてやりたい訳よ」

「あーしは付き添い〜バチバチは勘弁してくり〜」


 まあ妥当だな。咆哮院と俺たちは、駄作衆からしても即殺すべき対象。ダンジョンの奥という地で、全て取り逃したとなれば……そりゃ怒られもする。


 けれど、その義理に俺たちが従う道理もない。できれば俺も対話から入りたかったんだが……そっちに最初からその気がないなら、仕方ないじゃないか。


「……だが。オレはオンオフハッキリしてんだ。さっきはつい勝手に動いちまったが、初手で殺せなかったんなら、オレはもう何もするつもりはねえ」


 今にも衝突が始まりそうなほどの緊張が張り詰めたと思ったら、それは瞬時に霧散した。サンクチュアリは十字架を背負い、両手を挙げている。


 あーしも〜と呑気な声を出す少女も同じく。目元を拭いながら両手を挙げると、騎士は掻き消えた。あまりにも動きすぎな状況に、脳がついていけない。


「虫が良すぎるね。お互いに脅威なんだから……俺としては、今ここで君たちも潰したいんだけど?」


「ン〜……まずな。オレたちには時間制限ある訳。人形の方の異能使いすぎて、精度落ちてんだ」

「あーしそれ初耳なんだけど」

「そんでな。その制限内で戦り合ってもいいが、確実に途中で終わり。ダンジョン間転移も、【不可視飛翔体】もあるオレたちには追いつけねえだろ?」


 その言葉は正しい。【不可視飛翔体】とやらがなんなのかは知らないが、駄作衆が本気で逃げた時にどうしようもないことは、俺にだって分かる。


 そもそもダンジョン間転移と言っているが、起点がダンジョンである必要がないことは、バジャルで確認済みなんだ。あいつが俺たちと戦う前にダンジョンにいなかったことは、咆哮院から聞いている。


 彼らと戦えば……こちらも無事では済まない。そして、これから他の魔王も救おうとしている上に、本調子ではない俺が、ここで痛み分けというのは……


 受け入れ難い。やれやれ、思考が行き過ぎているのはこっちだったか……少し冷静にならないと。


 息を吐いて、戦闘態勢を解く。咆哮院はそれでも警戒を続けていたが、一旦獣化だけは解いてくれた。最初から夜なら、即変化できるのか……


 俺たちの行動に満足したように頷くと、サンクチュアリたちは工場跡の外に出た。遠くではまだ花火の音が聞こえている……足音は、聞こえない。


 やがて花火の音すら止んだ頃。俺たちは視線を合わせて、どちらからともなく口を開いた。


「雰囲気……最悪になっちゃったね」

「……いいんです。答えは、もう」


 さっきの戦闘中よりも悲痛な顔をして、咆哮院は目を伏せた。


 ……告白してくれたことは嬉しい。咆哮院はとても魅力的な女性だし、それは俺だって分かってる。


 告白してくれた彼女に、俺よりいい人がいる、なんてことは言わない。それは、一度でも俺を選んでくれた彼女への、これ以上ない侮辱になってしまう。


「違うんだよ、咆哮院」

「……慰めなんて」

「君が大切だからだ。今みたいに、駄作衆に襲われることもある。これから俺がしようとしていることを考えると、もっと大きなものとも戦うことになる」


 儚香も子供たちも道國くんも……咆哮院も。


 全員大好きで全員大切なんだ。なのに、まだ安全に幸せにすることもできないのに、重大な決断なんてできるはずがない。


 俺にはその責任を負いきることができるほどの力も立場も、まだありはしないんだから。


「これから時間をかけて、色んなことを知る。咆哮院のいいところも悪いところも全部知っていく」


 俺だって咆哮院は好きだ。でもそれは恋愛感情と断定できるようなものじゃない。気持ちがまだ中途半端だってことも、言い切ることができない原因。


 そもそも恋がよく分からない。咆哮院が俺のことを好きでいてくれるなら……それを深く知ることだって、いつかできるのかもしれないけれど。


 今は、まだ。だから。


「時間は沢山ある。咆哮院から拒絶しない限り、俺はずっと君の隣にいる。だから、大丈夫」


 それは、今にも泣いてしまいそうな彼女への、せめてもの敬意に近かった。今伝えられる最大限のことを、包み隠さず伝えようと思って出た言葉。


 咆哮院は数秒間、俺の瞳を見つめていた。獣性は微塵も感じられない……ただ、恋する乙女の瞳。


 数秒間……のはずだ。けど俺の中では、永遠にも感じられる数秒間だった。やがて咆哮院の瞳を濡らす雫が、その頬を伝った時……


「……分かりました。ふふ。意気地なし……という言葉はまだ取っておきましょう。あなたの優しさ、小生は分かっていますし……受け止められると思ってますから。ですからほら、何時までもこんなところに留まらず」


 咆哮院が俺の手を引いて走り出す。


 花火に釣られた祭りの喧騒は、遠い。けれど、2人でこの夜を駆けるなら……瞬きよりも速く、あの光と音の祝祭まで辿り着けるような気がした。


「祭りを楽しみましょう!」


 彼女の笑顔は、やはり花火よりも眩しくて。


 (まだまだ……あなたに惚れてもらうために。小生、これからもあなたの傍を離れません)


 指先から伝わる小さな脈。白い肌に、焼けるような熱を感じる。天から降り注ぐ光に照らされた横顔と後ろ姿に……見惚れなかったと言えば嘘になる。


「何度でも言う。俺も離れないよ、咆哮院」


 夜はまだ続く。


 終わりなく、壊れることもなく。

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