第24話 追跡
千崎道國だ。
突然だが、おれはあまり街中に出たりしない方がいいと思っている。駄作衆共はおれの顔を把握してるし、いつ狙われるか分からないからだ。
単独ならまだしも、複数人での行動など論外。なので今日も孤児院で料理の研究をしようと、朝からキッチンに籠る準備をしていたんだが……
「今日のために孤児院の警備員雇ったから。当然異能持ちだし常駐よ。今日1日は私についてきてもらうわ。ああもちろん」
「その先はいい。長いんだあんたのセリフは。ていうか警備員っつったか? そこまでするか?」
今、おれはショッピングモールにいる。
晴継の服を勝手に借りて変装し、物陰から晴継と狼姫のデートを見つめている感じだ。さっきからジロジロ見られてるし、なんでおれがこんなこと……
いや、分かってる。儚香サンにとって今日……晴継と狼姫のデートが、どんだけデカいことなのかぐらい。ここまでするとは思わなかったが。
視線の先には、服屋をキラキラした目で見つめる狼姫と、財布の中身を見ながら笑う晴継。
もちろん、ただデートとだけ言って、儚香サンが許可するはずもなし。一応の名目は、狼姫の日用品を買うための外出、ということになっている。
まあ、それで納得しなかったから、おれまで巻き込まれてこんなストーカー紛いのことをしてる訳だが。恋愛感情は、まだ理解まで程遠いな。
「晴継殿、晴継殿! この服! 布が沢山舞っております! この開き……知っております、スカート、ですよね!? 小生の時代にも多少は浸透して」
「ははは、そうだね舞ってるね……おや、俺の財布からも何人か舞っていくみたいだ……」
「そもそもスカートの発祥は
「君そんなスカートガチ勢だったの?」
「……なんだ、元気そうじゃねえか。狼姫、変なとこでしおらしいからなァ。これなら」
「距離近くないかしら。素材はいいから、はれくんがあの子に落ちないか心配よ。まあ? 誰が本妻かははれくんもよく分かってるはずだけど?」
「女ってのは話聞かねえよなマジで」
自販機で買ったコーヒーを流し込みながら、儚香サンを引きずって位置を変える。あいつらは2人とも、視線に敏感……おれたちに敵意はないから気付きにくいだろうが、それでも同じ場所に留まると危ない。
儚香サンは孤児院のトップ。こんなこと心底したくないが、おれも立場的に逆らえねえ。すまねえ晴継、テメエのデートは全部筒抜けてるぜ……
「ン、出るみたいだな。ほら、移動しやしょ」
「いやでもはれくんの好みが違う可能性……私とは歴が長いから、恋愛対象には見れないかも……」
「ここまで来ると感動するぜ儚香サン」
晴継と狼姫が移動を開始した。モールの中にある飯屋に行くみたいだな。どっかりステーキか……まあ、肉食な狼姫らしいチョイスだな。
デートの雰囲気はブチ壊しだろうが、そもそも晴継が狼姫の気持ちにまったく気付いてねえからな。元からそんな雰囲気はねえか。
第一あいつは、デートを男女が一緒に出かけることだとしか思ってねえ。儚香サンが、外出の時にデートデート言って誘いまくったからだろうな。
可哀想に。これが因果応報か。
「お客様? 何名様でしょうか?」
「ん、ああすまねえ。2人で……あー、あそこ。あの2人組がよく見える席に案内してくれるか。良ければ、向こう側から見えにくい配置だと助かる」
「通報してます」
「過去形?」
――――――残念だけど道國くん。それと儚香。君たちはここでリタイアだよ。反省しなさい。
俺がただ財布の心配をしてるだけだと思ったら大間違いだよ。最初から君たちの尾行には気付いてたさ。楽しそうだったから泳がせてたけど……
「お客様、もう大丈夫ですよ」
「ありがとうございます、助かりました」
「晴継殿? 何かあったのですか?」
「いや、なんでもないよ。何食べたい?」
ここから先は流石に看過できない。
咆哮院にとって食事とは一大イベント。孤児院での少ない食事でも、子供以上に目を輝かせている……食事の時間ぐらい、ゆっくりさせたいじゃないか。
お子様プレートでも頼みそうな表情で、木曜限定ダブルステーキとライス大盛りを頼む咆哮院。俺はサラダとドリンクだけ注文してメニューを閉じた。
「足りますか?」
「うん。ダイエット中なんだ。少なくとも今月は」
しばらく他愛もない雑談をして過ごし、やがて運ばれてきたステーキに咆哮院は食らいついた。俺も緑の優しさを口に運び、健康を染み渡らせていく。
……本当に幸せそうに食べる子だ。ただ食事が好きというよりも、執着に似た何かを感じる。
「美味しいかい?」
「はい! とても! こんな美味しいもの……初めて食べました! 小生の時代には、なかった!」
それは良かった、と口元を拭ってあげる。
ソースと米粒、ブロッコリーの破片。
「そんながっついて食べなくても、食べ物は逃げやしないよ。たまには落ち着いて味わってみよ」
「……あ。そう、ですね。逃げない……」
言い切る前に、咆哮院の手が止まった。どこか悲しそうに目を伏せて、ステーキを見つめている。
……何かマズいことを言ってしまったか? 咆哮院にとって、早食いはアイデンティティだったとか……いやそれはないな。じゃあ、一体……
「あ、す、すみません! 変な雰囲気にしちゃって……そうですね! 肉は逃げません!」
「咆哮院……話したくなかったらいいんだけど、今、なんで悲しそうな顔をしたのか。教えてくれないかな」
あまり掘り返されたくないことかもしれない。咆哮院は、本当に触れられたくないことについては、心の底から悲しそうな顔をして目を背ける。
でも、あれほど好きな食事の手が止まるほどのこと。これから家族として生きていくなら、咆哮院の過去の苦しみぐらい、把握しておきたい。
まっすぐ見つめると、咆哮院は少し迷うように視線を泳がせた後、深呼吸してこちらを見た。
「……はい。ただ、どうしても暗い話になってしまいますので……この話が、終わったあとは」
真剣な眼差しに、笑みが宿る。
「沢山。遊んで……楽しいことをしましょうね!」
「もちろんだよ。どこにでも行こう」
俺の返答に安心したように、咆哮院はナイフとフォークを静かに置いた。何かを思い出すようにして宙を見つめた後、もう一度、俺と視線を交わらせる。
「小生が、魔王になったということは、既にお話していますね。小生は最初から魔王だったのではなく、後から魔王にされた存在です」
どうやったのか皆目見当もつかないが、この世には、人を魔王にする技術がある。魔王は人とは根本から異なる生物で、強力な異能を保有している。
更にダンジョンの発生源であり、世の中に存在する異能のエネルギー源……魔素は、現在この魔王以外に生成できる存在がいない……
「では、何故小生が魔王になったのか。当時の我が国は戦力を求め、その一環として魔王を創りました。協力すれば、家族に金が入ると聞き……小生は、藁にも縋る思いで、彼らの誘いに乗ったのです」
「彼ら?」
俺の疑問に、咆哮院が頷く。
大きく息を吸って、告げた。
「日本政府です」
息を呑む。つまり、なんだ。あれだけ監視・管理しているダンジョン。根本的には危険視し、一時は破壊計画すら持ち上がっていたアレは……
間接的とはいえ、日本政府が作ったのか。
「でも、そんな……日本が戦力なんて。最近は戦争なんてしてないんだ。一体なんの戦力を」
「小生が産まれたのは、1927年、8月の15日」
咆哮院の肉体年齢は。
18歳で停止している――――――
「第二次世界大戦に、魔王は投入されました」
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