第20話 唐突

「聞け晴継。大体分かった、こいつはあと5分もありゃ消える……そうだろうが、バジャル!」


「……我が姫君はおひとりになるのが嫌いだ」


「かっこつけんなや。テメエの限界だろうがダボが」


「……そうだな。儂の顕現限界時間は残り5分だ」


 つまるところ、これは持久戦だ。異能なしでも容易く人を殺せる怪物相手に、5分間耐える戦い。1人なら難しかっただろうが……2人なら、なんの問題もない。


 (ただバジャル……俺たちが消耗ありきの力なのに、なんの消耗もないとはね……ズルいな)


 バジャルが異能を使えないというアドバンテージは、異能戦においては寧ろ不利。上限のある力に対し、限界のない力はあまりにも有利となる。


 比較的防御力に特化した性能である、道國の異能……【遙か幻想の不落城】は、バジャルに手の内がバレている以上、積極的に使いたくはないが…………早い話、攻撃ができなくなるほど弱らせればいいだけのこと。


 晴継はそう結論付けて、不敵な笑みを浮かべた。


「全力で攻めるから……守ってくれる? 道國くん」

「簡単に言いやがって……だが」


 湧き出る感情に後押しされ、道國も獰猛に笑う。


「お安い御用だ、晴継ゥ!」


「【五獄煉紅ごごくれんぐ】」


 地面を踏み抜く。バジャルは無数の土塊を浮遊させ、その全てを掴み、晴継たちへと投擲した。


 それは、もはや土塊と言うには速すぎるし、強すぎる。


 極小の城。腹の底まで響くような轟音。飛び散る破片の海に隠れて、バジャルは接近を終えている。


「【灰燼七滅かいじんしちめつ】」


 バジャルの奥義は、その全てが数字を冠し、その数と同等の攻撃を行う。計7連、神速の拳が、まずは晴継の急所を捉えた。


 身体の一部を小さな城で覆い、棘の鎧とする道國の切り札……【塞刺薔薇棘不落城ローズ・ヘル・バスティーユ】は存在しない。道國も晴継も、消耗具合からして、バジャルの攻撃を防ぐ術を。


「【疾駆弾頭不落城アヴリュート・キャッスル】」


 持っている。


 一度城として出現させたなら、それはどのような形になろうとも、城だ。バジャルの後方から飛来した城の破片は、彼の両肩を撃ち抜いた。


「……」


 拳が、ズレる。


 空を撃ち抜く、7連。


 ドパパパパン! という破裂音と同時、晴継は拳を振るった。手加減なしの【彗星】。


 数滴の血がバジャルから舞う。受け止めた拳の皮膚がちぎれ、僅かに薄皮を切り裂いたのだ。


「かった!」


「貴様らが弱いのだ……童」


 手中に収まった晴継の拳を、バジャルは握りしめる。そのまま、増す圧力……純粋無垢な、暴力が。


 晴継を


「やらせるかァ!」


 


 バジャルの腹部が城へと変貌し、己の腕を貫いたのだ。殺傷力に特化した、細さと鋭さに重きを置いた城。


「分かってんだよ……ここにいるのは実体じゃねえ。だが幻でもねえ。テメエは動ける人形だァ!」


「我が魔素の抵抗を……上回るか」


「異能強度S舐めんなよォ!」


 ぜえはあと息を切らす道國。彼の推測通り、今のバジャルは遠隔の人形のようなもの。故に、物として判定し城へと変貌させることができる。


 だが、バジャルが操っている以上、そこには彼の抵抗が伴う。それを貫通し、無理やり変貌させるには……道國は、膨大な量の魔素を必要とする。


 駄作衆として同質の魔素を操る道國とバジャル。撃ち込んだ城の破片から、僅かにバジャルの魔素を吸収していたことで、このような所業も為せたが……


 2度目はない。バジャルとてそれは理解しており、こんな無法をされても、道國を狙うつもりはない。


 晴継の1点狙い。脚部と手に纏わせた【彗星】と【公転】。そのどちらにも触れぬよう。


 あまりにも高度な戦闘技術。だが、バジャルにとっては容易いこと。1、2、3、と晴継に撃ち込む。


 返す晴継の拳や蹴撃には、全て【彗星】が込められているが……どれも、当たりはしない。当たらぬのなら、それは一切の意味を持たない。


 バジャルは技を使わない。わざわざ使う必要もないと判断している。体格差と、絶対的な筋力のみで、圧倒できるラインまで削ったと理解しているのだ。


「この……【隕石】!」


「威力が……下がったな、童」


 この時、バジャルは初めて。


 嗤った。


「限界が近いか?」


 ドム、と晴継の脇腹に丸太のような足がめり込んだ。


 城の防御も間に合わない。追撃に振り下ろされる拳の進路に、小さな城を出現させるので限界だった。


「いいや……それで、十分!」


 欺瞞は、戦闘の基本。


 連発していた【彗星】を【隕石】に変更したのは、バジャルの油断を誘うための罠だ。


 まだ【彗星】は使える。【彗星群】すら。だが、必殺の一撃とすら形容できる威力を持つ【彗星群】は、まだ使っていい状況ではない。


 致命的な隙が生まれるまで待つ。その、一瞬は。


「訪れない。童……見え透いている」


 全ての異能に言えることだ。


 発動前に潰せば、対処の必要すらない。


「我に、勝てるなど……抱く夢は、選ぶべきであったなあ、若造。無謀も蛮勇も、まだ早い」


 バジャルの巨躯が、晴継の全身を抱きしめている。城が刺さっても、バジャルの筋肉にすら届かない。


 晴継の後頭部を掴むバジャルの右の手。


「がっ……!」


「それの意味するところも、それにより失うものも理解しておらんだろう。哀れな、末路だ」


 ミシリ、と頭蓋の歪む感覚。晴継の顔面中から血が噴き出し、バジャルの胸部を赤く濡らした。


 死が触れている。逃れ得ぬ、死が。


「晴継……!」


「死ね。星図に刻まれることすらなく」


 触れて。


「晴継殿からァァァァァアアアアアア!!!!」


「ッ……」


 離れる。


「手を、離せェェェェェエエエエエエエエ!!!!!」


「離して、おるわ……」


 ドガガガガガガ!!! という音は遅れて聞こえた。


 倒れる直前で、晴継の身体は抱き留められた。固さを残した、獣の柔らかな体毛。泣き腫らしたように息を切らしたソレは、狼の体躯を持っている。


 吐く息は白く、視線は狩人。睨み合うバジャルは、感情のように見える殺意を、その瞳に孕ませていた。


「咆哮院……」

「無茶をして……こんなに、傷付いて……!」


 まだ立てる気力を残している道國に、晴継は預けられた。人獣の狩人が、魔人と対峙する。


 道國のスマホに、ガレンからのメッセージ。『止められなかった! ごめん!』とだけ書かれている……本来なら怒るべきだろうが、今ばかりは。


 今ばかりはありがたい。咆哮院が弱体化していないのなら、今は1人でも多くの戦力が欲しい。


「あなた方も! 小生らのことを姫だ姫だと勝手に呼びますが、小生らが、いつまでも守られる側だと思ってくれるな! 小生は……戦うぞ!」


 残りの時間は少ない。だが、純然たる戦闘能力だけでも、バジャルは3人を仕留めることができる。


 手を抜いていても、だ。だが、バジャルは最大の警戒態勢を取り、両の拳を胸の高さに構えた。


「振るう拳に、雄も、雌も!」


「相も変わらず……理解できない、ものだな」


「誰かを護るためなら、関係ない!」


 月光は今、差している。


 ダンジョンの地表層からここまで、咆哮院は真っ直ぐに突っ切ってきたのだ。幾人かが通れるような穴が、直線上に空いている。夜空が覗いている。


 星が、月が見えている。掻き消し合うことなく、今宵の空には、無数の星々と月の輝きが満ちている。


「面倒だ……人間の持つ、感情というものは」


「貴様は……小生が、斃す!」

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