第8話 決闘

「【天垂変貌不落城ダウン・フォール・イカロス】」


 道國くんがそう言うと同時、地下駐車場の天井が尖塔へと変貌し、俺へと落ちてきた。【隕石】で砕き、【公転】で破片を飛ばして儚香たちを守る。


 同時、儚香たちを包囲していた塔を破壊し、救出。怪我がないか確かめてから、出口まで移動させた。


「ほう……よくできてんじゃねえか。そうだ。人間を相手にする時は……そんなツラがよく似合う」


 しかし出口を塞ぐようにして塔が出現した。破壊しよう……いや、それよりも道國くんが速い。


 結局、2人を守りながら戦うしかない。あまりグロテスクな光景を見せたくはないんだけど……道國くんをここで逃がすよりは、100億倍マシだろう。


「力のない女の子たちを襲うとはね。咆哮院をダンジョンの最下層で拘束してたのもそうだけど、君、今まで会ったことのある人間の中で一番の外道だよ」


「無知ってなァ幸せなもんだな。面白すぎて目尻すら動かねえ冗談だぜ。あんま笑わせてくれんなよ」


 パキ、という何かの割れる音がした。


 即座に音のした方向……下方へと目を向けると、そこは目が痛いほどに純白なタイルだった。いや、これは……見たことはないが、大理石のような。


 後方に儚香たちはいない。前方には変わらず道國くんがいる。まさか……塔の中に、閉じ込められた?


「刺し貫く気すらなくなってくる」


「【彗……星】!」


 瞬間、全方位から襲い来る鉄の兵士。


 円を描く軌道で放った【彗星】で全て砕く……中身はない。なんだ。この異能は……なんなんだ。


 (塔を出す。物体を変えることも可能。内部に閉じ込めて兵士に襲わせる……非生物の、召喚獣?)


 異能図鑑で見た記憶がある。


 異能の中には、自身とはまったく別の思考回路を持った生物……召喚獣を操るものもあると。だが、大体そういう異能は召喚獣そのものにリソースを割かれ、他の要素は大して強力ではないはずだが……


 いや、召喚系だとしたら召喚獣が弱すぎる。ということは、やはりメインは塔の出現か……


「あー……そうだよな。テメエ火力高いもんな。っぱおれが直で叩くしかねえか……めんどくせえな」


 道國くんが首を鳴らしながらそう言うと、彼の身体が無数の塔……いや、城で覆われ始めた。刺々しい様相のソレは、まるで武器の形をした要塞だ。


「久々だな……【塞刺薔薇棘不落城ローズ・ヘル・バスティーユ】!」


 ドゴン、という音がしたと理解した時には、既に道國くんは俺の背後にいた。咄嗟に【公転】で回避するが、その回避先には……塔が、出現している。


 そして。


「【疾駆弾頭不落城アヴリュート・キャッスル】」


 進路を阻まれた刹那、攻撃は既に。

 

「ぐっ……!」


 俺の左肩を貫いていた。


 弾丸のように高速で飛来する塔の先端。防御力や身体性能は変わらない……俺の異能の弱点を突かれたか。


 城を纏えば身体能力が向上し、遠距離攻撃持ち。当たる箇所によっては即死級の攻撃力に、こうして敵を拘束することのできる結界のような能力を持つ……


 (驚いたな。どんなハイスペックだ。異能持ち多しと言えど、こうも強いのはそういないぞ)


「一応……テメエのためにも言っとくことがある」


 思考した一瞬の隙に、道國くんの拳が俺の喉元に突きつけられていた。装飾の先端が首の皮膚を裂き、一筋の生温かい液体が、つう、と喉を伝った。


「城の強度は敢えて落としてある。前やったみてえな全方位攻撃やりゃあ、外にまで広がる……どういうことか分かるよな。あの女どもにも当たるってことだ」


 ため息を吐きながら、道國くんはそう告げる。


「もっと分かりやすく言うと……詰みだ。テメエ、単純な火力だけで言やァクソ強ェが、勝つための場作りだのなんだのが、足りてねえどころの話じゃねえな。てっきりおれァ……戦闘のプロかなんかだと思ったが」


 拳が振りかぶられる。死。


「案外弱いな」


 その時聞こえてきたのは破砕音。


 城の外壁を外側から突き破った何かがいる。見れば、そこにいたのは……何やら炎を纏ったガレン。


「配信の兄ちゃん。と……誰? こんなとこで異能戦たあ乙なモンだね。ちょいと混ぜてくれよ」


「……強度を下げすぎたか。一般人に破られるとは」


「あァ!? 一般人だァ!? おいおい君、俺様はS級配信者のガレンさまだぞ。知らないのか?」


 何故こんな場所に……そうか。俺と道國くんが同時にいて、尚且つ余剰スペースのあるほど巨大な城。目につくのは当たり前のことだろう。


 更にここはショッピングモール。異能持ち……そう、たまたまガレンが来ても、おかしなことはない。


 俺対策に強度を下げたのが仇になったね、道國くん。丁度いい、このドサクサに紛れて儚香たちを逃がして、それから心置きなく道國くんと戦ろう。


 ガレンは……どうしようか。混ぜてくれ、なんて言ってたし、大人しくどこか行ってくれるだろうか?


「知らん。失せろ。用がない」


「おうおう俺様のシマで勝手晒した割には、強気な態度じゃないの。ブチ殺すよ」


「……めんどくせえな。先に殺すか」


 ――――――城から脱出するクソガキを尻目に、おれは突然横槍を入れてきたこの炎の男と対峙する。


 気持ちよく仕事が終わらせられねえもんかね。まあいい、今更一般人に遅れを取るようなおれじゃねえ……


「ん? いや待てよ……ねえ君。あの配信の兄ちゃんを追い詰めてたよね」


「だったらどうした。何か関係があるか」


「いやな? 俺様、あいつと勝負するんだよ。ちょっと先の話だけど。足止め役が欲しかったんだ……ねえ、もし良ければなんだけど、俺様と組まない?」


 なんて虫のいいやつだ。


 というかおれが乗るメリットがどこにもない。おれの仕事はクソガキの始末と、狼姫の回収。余裕があればその再封印……配信者に協力する意味がねえ。


 というか人の異能ブチ破って、更に仕事の邪魔しときながら協力しろって……どっちがガキだ。


「取り分はまあ……要相談だね。君みたいな強いやつ、そうそう見つからない……ねえ、頼むよ」


「おれにメリットがねえ。もういいか? 付き合ったおれもおれだが、テメエと会話する気はさらさらねえ」


 出口を塞いだ城の強度は最高レベルだ。まさかこんな地下駐車場であの全方位攻撃はしねえだろうが、余裕がある訳じゃねえ。早く仕留める必要がある。


 おれの異能……【遙か幻想の不落城】。無から城や塔を出現させたり、周囲の物体を変貌させる能力。中に閉じ込めての圧殺は……クソガキには通用しなかった。


 やっぱ強ェよなあいつ。おれの異能が通用しなかったのは、今までウチのクソ上司3人組ぐらいのもんだ。


 特異点ってやつなんだろうな。たまーに、なんの変哲もない血筋からそんなんが生まれる。ま、そういうのを潰すのも、おれら駄作衆ださくしゅうの仕事。


 ちゃっちゃと終わらせよう。そう考え、目の前のこのチャラい男を刺し殺そうとした、その時。


「メリット? あー……そうだな。まあ金と、色んなやつから、すげえ! みたいなコメントもらえるよ」


 そんな言葉が飛び込んできた。


 金はどうでもいい。そんなもんを欲しがるように。だが、色んなやつからの賞賛のコメント……その部分が、こびりついたみたいに反響している。


『駄作衆の中でも真に駄作』

『無駄な機能ばっかり……失敗作じゃん。アハ☆』

『駒として生きるが懸命でしょう』

『不幸なもんだよな。哀れなやつだ』


 脳内で再生される、同僚あいつらの声。


 震える手を見つめる。


 (おれは何を求めてる……なんでこんなに、その賞賛を求めてる。おれは……なんなんだ)


 だが、思考と同時……口は動く。


「……分かった、乗ってやる」

「お、マジ? っしゃ! 楽勝が近付いたな」


 胸のざわめきが……苦しいような、感覚が。


 その正体がなんなのか。少なくともそれが分かるまでの協力関係だ……本心からでは、決してない。


「この感情は……なんなんだ」


 吐き気を堪えながら、城の外へ踏み出した。


 もう一度。クソガキと対峙する。

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