第4話 嫉妬

「特定って、あの特定でしょう? 私不安よ。ああもちろん、生活が脅かされる不安よ」

「分かってるよ儚香。少し落ち着こうか」

「ええ、ごめんなさ……誰。はれくん、私に黙って女の人連れ込んだの? 許せないわ。ああもちろん、はれくんの不純異性交遊の話よ」


 やっとニュースで慌てる儚香を宥めることに成功したかと思えば、次は咆哮院を見て様子がおかしくなった。


 儚香は普段冷静沈着なお姉さんで、子供からも儚香お姉さんと呼ばれる人。だが、俺の……特に女性関係のことになると、少し様子がおかしくなる。


「私だって、はれくんに連れ込まれたい。ああもちろん、そこから何をしてくれてもいいわよ」

「ここは俺たちの家だよ、儚香」

「はれくん手作りのカレーを食べたい。ああもちろん、スパイスから拘ってくれたカレーよ」

「これから食べさせてあげるよ、儚香」

「待って私の服着せてない?」

「それに関してはごめん」


 パクパクとカレーを食べる手の止まらない咆哮院を尻目に、儚香を落ち着けるための会話は続く。


 これで連れ込んだのが子供だったら、儚香も何も言わないのだが……咆哮院は、同年代に見えなくもない。儚香的に、さすがにアウトだったか。


 違うんだ、ダンジョンで拾ったんだと説明すること約1時間。子供たちが起きてきたことで、ようやく儚香は落ち着いた様子を見せてくれた。


「ふう……今回は長かったな……」


「あのお方は……それと、なんとお呼びすれば?」


「ああごめん。俺は宵花晴継、あっちが諏訪儚香。この孤児院の院長だよ。仲良くしてあげておくれ」


 初対面でアレだと難しい気もするが、儚香も根はすごくいい子だ。それは、子供の頃からずっと一緒にいる俺が保証する。


 きっと分かりあってくれることだろう。それに、何も分かり合えないと決まった訳でもない。


 子供たちにカレーの入った皿を渡し、皆でいただきますの合掌をする。咆哮院は2度目な気がするが、まあお腹も減っているだろう。止めはしない。


「はれにい、今日もダンジョン?」

「そうだよ。このお姉さんも、そこで出会ったんだ」

「咆哮院葵と申します。以後お見知り置きを」

「あおいちゃん! よろしくです!」


 元気な子供たちに、咆哮院も頬を綻ばせた。


 幸せで賑やかな食卓はいつも通りだ。子供たちも、新しい子が生活を始めることには慣れている。少し歳上だが、今更気にすることもないだろう……あれ?


「咆哮院、君って何歳?」

「18で停止しております」


 なんてこった、同い歳か。


 歳下だと思っていた。見た目って大事だな……


「じゃあ、咆哮院。明日服を買いに行こう。ついでに欲しいものがあったら、財布と相談しながらだけど、買っておく……儚香も、ついてくるかい?」

「遠慮しておくわ。あのニュースを見た後に、2人ともが出る訳にはいかないでしょう……でも怖いわ。ああもちろん、あなたたちが2人で出かけることよ?」


 じとりとした視線を向けてくる儚香に、大丈夫だよ、と言葉を返す。別に俺と咆哮院はそんな関係じゃないし、なるつもりもない……


 子供たちと同じかそれ以上にがっつく咆哮院を眺めながら、そんなことを考えていると……ピンポーン、とインターホンが鳴った。


 俺と儚香は視線を合わせ、同時に頷く。異能の発動準備をしながら、俺が対応することにした。


「……どちらさまで?」


「こちら、あの……ニュースの配信者さんの自宅で間違いないっすかね? オレ、こういうモンっす」


 玄関先に立っていたのは、全身を黒コーデで染め上げた大柄な青年。巨大さに見合わない低姿勢で差し出された名刺には、A級配信者、という文字列。


隠身かくれみ……兼義かねよしさん? ああありがとう、俺の名前は宵花晴継ね」


「はい。オレ……ダンジョン配信者やってて。さっきニュースで晴継さんを見て……えと、お話、いっスか」


 リビングからこちらを見つめている儚香に、手信号で出てこないよう伝える。兼義さんには、いいよ、と答えて庭に出ることにした。


 子供たちが片付け忘れたボールが転がっている。オレンジ色も黒に染まりかけた時間帯……この時間に初対面の人間を訪ねようとは、中々肝が据わっている。


「一応聞くけど、なんでここが分かったのかな」


「浅い階層、オレがいっつも行ってるダンジョンだなって思って。あとはこの近所、尋ねて回ったっス」


「……行動力凄いね」


 ここ近辺にもダンジョンに潜る人間はいくらかいるはずだが、外見情報があれば辿り着くのは必然か。


 にしても、ダンジョンから離れた場所に住んでる可能性だってあるだろうに。ここを当てたのは単なる偶然か、はたまた異常に聞き込みまくったのか……


 まあ、それは今どうでもいい。必要なのは、この兼義さんが俺になんの用があるのか。それだけだ。


「で、俺に用があるんでしょ? なんの用かな」


「あ、はいっス。あの、単刀直入に申し上げて……どうか、オレのグループに入ってもらえませんか?」


 配信者グループか。知らないでもない。


 ダンジョンは危険な場所だ。俺はメンバーを集めることができるようなツテもなかったから、ソロで潜り続けたけど……グループに所属するのは当たり前のこと。


 そうか。俺は傍から見れば、勧誘に値するほどの力を持ってるのか……少し嬉しい事実、だが。


「いや、ごめんけど無理。最優先はこの孤児院と、家族でね……ダンジョンはメインじゃないんだ」


 あくまで稼ぎ口ね、と付け足すと、兼義さんは一瞬何かを言おうとして、押し黙ってしまった。


 驚いた。正直、ダンジョン内で出会った時に横柄な態度を取られてばかりだから、配信者は皆相手の都合も考えないような人ばかりだと思ってたけど。


 無理と言われたら引き下がれるような、そんな人間もいるんだな。少し……配信者を見直した。


「あー……話ぐらいなら、聞くよ。と言って、勧誘したいのに深い理由なんてないかもだけど」


「! マジっスか! ありがとうございます! 実はオレ、あるグループから勝負挑まれてて」


「あっるぇ〜ヨシくんのが先に見つけちゃった〜?」


 兼義さんが説明を始めようとした瞬間、また孤児院の門を誰かが潜ってきた。


 金髪にジャラジャラのアクセサリー類、タバコを吸ってチャラい言動……実に子供の教育に悪い。できれば早急に立ち去って欲しい。


「なっ……ガレン、なんでここに」


「どなた?」


「S級配信者ガレン。オレに勝負挑んできたグループの代表っス。セコいやり方で有名なんスよ」


「人聞き悪いなヨシく〜ん。俺様ァただ、勝つためにちょっと相手さんにちょっかい出してるだけだろ?」


 小悪党の代表例みたいなやつが来たな。


「その、勝負ってのは?」


「簡単だよ! このヨシくんさあ、俺様の誘いを蹴りやがったからよ。ちょーどアンタが見つかったダンジョンで、どっちが先にこいつを狩れるかの勝負よ」


 要するに嫌がらせね。説明してくれて助かるよ。


 こいつ、とガレンが差し出したスマホの画面には、一度だけ見たことのある魔物の姿……あのダンジョン唯一の人型にして、最強格の魔物。


 ジ・グ・デーヴァ。俺はデーヴァって呼んでる。


「負けたやつは一生配信できない契約でさ。俺様のツラに泥塗ったヨシくんには、ちょいと制裁をね」


「あんな悪条件で入る訳ないっス!」


「ヨシくんは黙ってなよ。俺様は今、こいつと話してんだよ……なあ、あんた。俺様の味方になりなよ」


 こんな木偶の坊じゃなくてさ〜、と気安く俺の肩を触るガレン。正直……好きなタイプではない。


 この状況、どちらが悪かは一目瞭然。無関係の俺が、どちらかに肩を貸す理由もないが……丁度、配信でいくら稼げるのか気になっていたところだ。


「兼義さん。その勝負って配信するの?」


「はいっス! もちろん取り分は山分けでもなんでも」


「OK。悪いねガレンさん。俺はこのまま無関係で終わらせてもらおうと思ってたんだけどさ」


 稼がなくてはならない。それに。


「ちょっと、世間のイメージ付けもしておきたくてね」


 今後、孤児院に何か危害が及ぶことのないように。この配信で、俺がどんな人間か世界に知ってもらう。


 どうせなら、正義の味方でいたい。


「兼義さんの仲間として……受けて立つよ、その勝負」

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