S級最強格の魔物を倒したらダンジョンの地形が変わった。それをミスって配信したら、世界から注目されてしまった〜最下層で見つけたひとりぼっちの美少女魔王、地上に連れ出して一緒に幸せになります〜

春風細工

第1話 遭遇

 お世辞にもいい生活をしているとは言えない。


 先代の院長が死んでから、孤児院の経営は絶えず火の車。俺も毎日ダンジョンに潜って稼いではいるが、経営費と子供たちの金を稼ぐには、あまりに足りない。


 時折、借金に手を出したくもなる。いや、今の院長を務めている人が、一度だけ手を出したか。


 返済にはかなり苦労した。苦い思い出だ。


 苦笑しながら、手元の写真を見つめた。映像記録用カメラから漏れ出る光が、子供たちの笑顔を照らす。


「いい笑顔じゃないか……じゃ、もうひと頑張りするとしよう。今日は……奴に会えるといいな」


 宵花晴継よいばなはれつぐ、18歳。育ててくれた孤児院に恩を返すため、今日もダンジョンで戦っている。目当ては、S級の魔物……ダークドラゴン。


 あいつの素材は高値で売れる。本当は、売却で稼ぐ以外にも、配信? とかしてみたいんだけど。


 悲しいことに、ネットを契約する金もない。1ヶ月無料お試し期間とやらに加入したが、よくよく考えるとそれを活かすためのスマホやらPCやらもない。


 とんだ無料期間の無駄遣いだ。


「さあ潜るぞ。なんなら近道するのもいいな」


 拳を高く掲げ、一気に振り下ろした。


 バゴォォオオン! という轟音と共に、ダンジョンの地面に穴が開く。無論、筋力でやった訳じゃない。


 異能、というものがある。俺の異能は【汝、星図の輝きを知れ】……簡単に言えば、異能だ。今のは、【隕石】を再現した結果。


 パラパラと舞い落ちる地面の欠片。カメラに引っかかった分を拭い取り、穴の中へと足を踏み入れた。


 当時の全財産はたいて買ったカメラ。ダンジョン用のは、浮遊して自動追尾してくれるから楽でいい。


「……別にカメラとか持ってこずに、黙ってやってもいい気はするんだけど」


 お国の命令なら仕方ない。


 何故大金を使ってこんなカメラを買ったのか? それは、ダンジョンに潜った際、映像記録を提出する義務を国が課しているからだ。


 それを利用して、ダンジョン内での様子を配信するのがダンジョン配信……最近流行っているそうだが、生憎俺にはそれができる機材がない。


「提出するためだけならお金の無駄だよな……このカメラから直接配信とか……無理、だよなあ」


 できないことを考えていても仕方ない。カメラをもう一度念入りに拭いて、俺は下へ向けて出発した。


 《画質悪いなこの配信。どうなってんだ》

 《アレだろ、ネットをカメラに契約みたいな》

 《今どきそんなんするやついんのかよ……》

 《視聴者2人しかおらんやんけ。個チャやんけ》


 ピコンピコンとカメラから音がした。


 (なんだろ……今までこんなことなかったんだけど)


 確認したいが、ダンジョン内で警戒は怠れない。


 通い慣れているとはいえ、一歩間違えたら命の危険もある場所だ。とりあえずダークドラゴンを倒したら、地上に出て確認してみるとしよう……


「ゴブリン、コボルト、オーク……コカトリス、バジリスクにワーム……値段の低いやつばっかりだな」


 潜りながら魔物を殴り倒していく。俺の異能は、魔物の肉体を粉砕する程度容易いが、そのせいで素材の回収が難しい。加減するのは中々にストレスも溜まる。


 しかも今日出会う魔物は皆素材の価値が低い。ハズレの日だな……


 《おいどうなってんだこいつは》

 《瞬殺草。トップランカーだろこいつ》

 《しかもこれ配信してるの気付いてないだろ》

 《うおおおおお配信馬鹿らしくなってきたあああ》

 《謎に心折れてるやつもいるし》


 ピコピコピコピコカメラもうるさい。


 魔物の波も一旦途切れたし、あまりにうるさいカメラを一旦確認してみる。もし故障なんてしてたら大惨事だし、これ以上ストレスの原因も増やしたくない。


「どうなってん……お、やっと出てきたな」


 苛立ち混じりにカメラに触れようとした瞬間、地中から1匹の巨大なトカゲのような魔物が現れた。


 黒光りする鱗に凶悪な顔つき。効率よく地中を穿孔するために尖った尻尾は、土埃を散らしている。


「ダンジョンの主、ダークドラゴン! おまえより強いのはいくらかいるけど……高値で売れるからな」


 《おー実物初めて見た》

 《中々ここまで潜るやついないからな》

 《高値で売れる以前に生きて帰れるのか?》

 《ここまでの見てたら余裕そう》


 鋭い爪は命まで届く。高熱の吐息は渦を巻いて、炎のように肉体を焼き尽くす。堅牢な鱗は、城壁のようにしてあらゆる攻撃を防ぐ。


 二足歩行のこいつの弱点は、下腹部。鱗のないそこの部分を、高火力の攻撃で叩くと倒せる……


 が。まあ、そんなこと。


「俺が意識する必要もない……」


 【彗星】を。


 巨躯から繰り出される爪撃を、俺は真正面からの【彗星】で受け止めた。一瞬の停滞の後、ダークドラゴンの肉体は腕から段々と崩れていく。


 鱗。強靭な筋繊維。極太の骨。どれもが脅威だが、俺の異能なら真正面から砕ける……それは検証済みだ。


「ラァララララララ……ガアアアアア!!!」


 崩壊する現実を否定するように、ダークドラゴンは口内に炎を溜めながら突進してきた。


「なんだ、骨のある個体じゃないか」


 自分に【自転】を発動し、下顎を掴み受け止める。


 現在ダークドラゴンは、右腕を中心に壊れている。高く売れる内臓類は残さなくてはいけない……故に、受け止めた下顎を横に撫でるようにして。


「【公転】」


 メキョ、という音がした。ダークドラゴンの首から先が、惑星の公転のようにしてちぎれた音だった。


 溜めた炎を霧散させながら、ダークドラゴンの首が壁に衝突する。残酷な殺し方だが、俺にも守らないといけない……孤児院の家族がいるんだ。


「さ、内臓回収。結構デカい個体だったからな〜かなり大きい稼ぎになるぞこれは」


 《グロすぎて草。規約違反だろこれ》

 《ピンキリなんですねえ配信者ってのも》

 《これもうわかんねえな》

 《とりあえず最強ランキングの新星誕生きか》


 あまりにも呆気ないダークドラゴンの死。だが、これから手に入る大量の金と、戦闘の高揚で、俺はまた鳴り始めたカメラの確認よりも……


 ダークドラゴンの出現した穴にしか目がいかなかった。


 (ここまでに稼げる魔物いなかったし……今日は、今まで行かなかったとこまで行くか)


 穴に飛び込み、【彗星】を下方に向け発動した。


 バゴンバゴンバゴンと音を立てながら、ダンジョンの深く、深く、深くまで。カメラが壊れないかだけ心配だが、ついてきているので問題ないだろう。


 《えーらいこっちゃどういうこっちゃ》

 《ダークドラゴン瞬殺してからノータイムでダンジョン壊しにかかるってどういうこと!?》

 《フゥーッ……コラ、なんでしょう……?》

 《残念生配信だ。生配信なんだよこれ》

 《コラと言えコラ》

 《いいねえ視聴者増えてきたねえ!》


 そして、すぐに硬い地殻まで辿り着く。ここが最下層か……なんだ、思ったより浅いんだな。


「うげっほっけほ……やりすぎたかな」


 宙を舞う土煙を払いながら、俺は最下層を少しづつ進んだ。何もない、広大なだけの暗い空間……いや?


「……十字架? 宗教色あって嫌だな……って、なんだあれ……女の子? こんな場所に?」


 最下層の端には、巨大な十字架があった。


 そして、その中心には1人の女の子が磔にされている。ほぼ素っ裸の状態で、歳の頃は……16程度か。


 鎖で手足を縛られ、俯いている。


「っ……」


「意識があるのか!? なんてことを……」


 その時、俺は女の子に意識を取られすぎて気付けなかった。


 最下層に反響する、誰かの足音と。


「裸の女の子って触っていいのかな……?」


 ドス黒い、殺意に。


  〜某SNS〜

 【謎の新人配信者、ダンジョンを開発wwww】

 《マジでヤバいぞ、久々に超大型新人だ》

 《大袈裟な。名前も聞いたことないぞ》

 《まずダンジョン開発ってなんだよ》

 《未知の最下層に到達したんだよ!》

 《マジで〜??? ちょっと見に行こうかな》

 《行け行け! 見逃したらマジ後悔するぞ!》

 《ていうかS級瞬殺ってエグすぎるな》

 《海外勢もコメントしてるらしいぞ》

 《世界進出早スギィ!》

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