(3)展開

 アヤミとアズサ、ヨウスケが林の中で女性の死体を見つけてから、一週間が経った。アヤミは自宅の大津に戻って、小説家の仕事をしていた。アズサはいつもの勤務先に通い、ヨウスケは自宅そばの大学に歩いて行く。この間、三人には取り立てて何もなかったのだが、この日、アヤミの携帯電話に着信があった。東京の警察からだった。アヤミがおもむろに電話に出る。


「はい、カツベです」


 アヤミは自分の名字を名乗る。電話をかけてきたのは、一週間前に植物園の林の中で、アヤミたちに簡単な事情聴取をした刑事だった。刑事が言う。


「先日はお手数掛けました。結局ですが、あの遺体は、やっぱり死んでから、あの場所に運ばれたということになりました。なので、とりあえずは死体遺棄事件として捜査しています。遺体が運ばれたということは、誰かそれを運んだ人物がいるわけで、運んだ人が犯人というか、少なくとも事情を知っていることになります」


「はい、ワタシもそう思いました」


「ところが、あの場所は、カツベさんたちも含めて、何分かに一回、来園者が通りかかるんです。ということは、カツベさんたちの前にあそこを通りかかった人と、カツベさんたちが通りかかった五分、十分の間に、誰かがあそこに遺体を運んで置いた、ということになります」


「はい、そうですね」


「しかし、あんな真昼間に、死んだ人一人をあそこに運んだら、当然、大勢の人に目撃されているはずです。ところがそれがないんです。あそこに遺体を運んだ形跡がないのです。不思議です」


「はい、ワタシも不思議て思います。ところで、被害者が誰かわかったんですか?」


「あ、それですが、身元はすぐに分かりました。詳細は控えますが、普通の会社員の方でした。都内に住んでおられて、勤務先も都内です」


「そうですか。で、ワタシにご用はなんでしょう?」


「はい、今お話ししたように、もしあの時間、カツベさんたちが遺体を見つける直前に、それをあそこに運んだ人物がいたら、当然、カツベさんたちにも目撃されているはずです。何か大きなものを持ったり、それらしい人を見かけませんでしたか? これは、当日の入園者や植物園関係者にも聞いています」


「いえ、全くそんな人は見ていません。みんな普通の植物園の来園者でした」


「はい、そうでしょうね。人一人運んでいたら、やっぱり目につきますからね。どうもありがとうございます。このあと、一緒におられたカワズルさんたちにも聞いてみます」


「はい。何かわかったらいいですね。よろしくお願いします」


「はい、ありがとうございます。では失礼します」


 数分の電話は簡単かつ、当然の疑問を聞いたものだった。夜になって、アヤミがアズサにメッセージを入れる。


「警察から聞かれた?」


「うん ウチも聞かれた 誰も見てへん」


 直後にアヤミからアズサに珍しく電話がかかる。アヤミが電話口で言う。


「そやよな。あん時、そんな、人間運んでる人とか、運び終わった人とか、見てへんよな」


 アズサも同意する。


「うん、あん時、植物園にいはった人は、みんな、おじちゃん、おばちゃん、あと、学生さんぐらいかな。怪しい人なんかおらんかったよ。な、ヨウスケ?」


 アズサは、隣の部屋にいるヨウスケにも声をかける。ヨウスケが部屋から出てきて、


「ん? アヤミ? うん、オレもお姉ちゃんたちと同じや。誰も見いひんかった」


「ヨウスケも、誰も見いひんかったて」


「そやよな。そんな怪しい人、誰もいてへんのに、なんであの人だけあそこにおったんかな」


「不思議やね」


「不思議やんな」


 結局、この日の警察からの電話についても、三人とも「不思議だ」ということで結論になった。三人も、とりたてて何か警察の役に立つことができるとも思えず、あとは、警察の捜査に任せる様子だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る