はちみつ梅の女神

昼月キオリ

はちみつ梅の女神


俺にとっての女神は間違いなくばあちゃんだ。


トントントントン、じゅー、じゅー。

 

そんな音にどこか懐かしさを覚えるのは幼い頃、母の料理をする背中を見ていたからだろう。

両親は車の事故で俺が小学校低学年の時に亡くなった。

それ以来、ばあちゃんとじいちゃんの家に引き取られる形で生活がスタートした。

 


料理してる時、ばあちゃんは優しい声で鼻歌歌っているし、作られた料理は質素なものばかりだったけど

栄養バランスが良くて俺のことをちゃんと考えてくれているんだと伝わってくる。

畳の上に寝転がって漫画を読んでいるフリをしながら

ばあちゃんのご飯が出来上がるのを待ってた。

その工程をずっと眺めていたかったのだ。



俺がばあちゃんは女神だって言うと皆んなは口を揃えて笑った。

「ばあちゃんは女神じゃないだろう」「女神ってのは若くて美人な女のことを言うんだよ」って

バカにしたけりゃ好きなだけバカにすればいい。

だけどいるんだ。確かにここに。




体育の授業の後、中学のクラスメイトが話しかけてきた。

コウタ「何それ梅干し・・・?」

キイチ「うん、そうだよ、はちみつ梅、汗かいた時は食べるようにしてるんだ」


キイチは小さなタッパーにはちみつ梅を入れて持って来ていた。


ケン「梅干しって渋いなぁ」

カンタ「俺は好きだけどね」

キイチ「コウタ、お前、熱中症気味だったろ、食べれば?」

コウタ「うん、ひとつちょうだい」

キイチ「いいよ、ほら」

キイチがタッパーを差し出すとコウタが一粒摘んで口に運んだ。

コウタ「パクっ、ん!甘酸っぱ!美味しい!!お!?

なんか一瞬で疲れ吹っ飛んだかも!これってどこに売ってんの?」

キイチ「いや、これはうちのばあちゃんが作ったんだよ」

カンタ「え、キイチのおばあちゃん凄い人じゃん!

俺にもくれよ、コウタが食べてんの見たら食べたくなった」

キイチ「いいよ、てか普通のはちみつ梅なんだけどな」

コウタ「いやいや!まじで食べた瞬間、体の怠さ取れたもん!」

キイチ「まじか、そりゃー良かったな」

カンタ「ケンは?」

ケン「俺はいい、梅干し苦手なんだ」


 


コウタ「ねぇ、ずっと気になってたんだけどさ、

その星のぬいぐるみキーホルダーってどこで買ったの?」


キイチの鞄には星型のぬいぐるみのキーホルダーが付いている。

くりくりとした目まで付いていた。


キイチ「これか?ばあちゃんが作った」

ケン「は?え?まじかよ!」

カンタ「お前のばあちゃん何者だよ、裁縫うますぎ」

コウタ「なあなあ、今度この怪獣のぬいぐるみも頼むわ」

コウタは目をキラキラとさせ、携帯の画面を見せてきた。

すっかりばあちゃんのファンになっているようだ。

カンタ「俺サッカーボール!」

ケン「あ、じゃあ俺はクジラ!」

キイチ「あのなぁ・・・」




二週間後。皆んなにできたぬいぐるみを配った。

コウタ「わあすごーい!」

ケン「キイチのおばあちゃん裁縫まじうますぎ!!」

カンタ「普通に市販のかと思うよな!今度お礼言いたいから会わせてよ」

キイチ「まぁいいけど」




それから一週間後。

ばあちゃん「いらっしゃい、あらあらお友達が沢山、

ゆっくりしていってね」


コウタ「あの、キーホルダーありがとうございました!」

ばあちゃん「ああ、あのキーホルダーあなた達が付けてくれていたのねありがとう」

カンタ「裁縫上手いですね!」

ばあちゃん「私なんてまだまだだよ」

コウタ「それに俺、梅干し食べたら体調回復したんですよ、

熱中症気味だったんですけど、

それでどうしてもお礼を言いたくて」


ばあちゃん「まぁまぁ・・・ありがとうねぇ、こんなお年寄りの為にわざわざ来てくれるなんて嬉しいねぇ」


コウタ「えへへ!」

皆んなも嬉しそうにしている。

ここにはばあちゃんをバカにする人はもういなかった。



キイチ「ばあちゃん、今日は皆んなで夕飯食べてっていい?」

ばあちゃん「もちろんさ、あ、でも私の作るご飯より、出前の方が若い子たちはいいんじゃないかい?」



コウタ「いえいえ!俺らキイチのおばあちゃんのご飯食べたくて来たんですよ」

カンタ「うんうん、あんなに美味しいはちみつ梅作れるんだもん、料理も上手いはず!」

ケン「って、図々しくてすみません、大変すよね?」

ばあちゃん「いいんだよ、賑やかで楽しいねぇ、腕によりをかけて作らなくちゃね」

ばあちゃんは嬉しそうだ。




13時。みんなで昼ごはんを食べた。

コウタ「うまいいまい!」

キイチ「コウタ、よく噛んで食えよ・・・あと口の周り米付いてんぞ」

コウタ「んー、あ、ほんとだめっちゃ付いてる」

キイチ「子どもかよ」

ケン「薄味だけど出汁が効いてていいな」

カンタ「うんうん油っこくないからパクパクいけちゃう!」

ばあちゃん「皆んないっぱい食べていってね」

「「はーい!!」」




ばあちゃん「デザートはアップルパイだよ」


コウタ「キイチのおばあちゃんまじ女神じゃん!」


ばあちゃん「私が女神?やだよ、私が女神だなんて名乗ったらバチがあたるよ」


コウタ「俺らにとってはですよ!」


ばあちゃん「そうかい、それは嬉しいねぇ、女神だなんて久しぶりに言われたよ

その人にとっての女神って人それぞれ違うからねぇ」


カンタ「キイチが言ったんですよ、うちのばあちゃんは女神だって」

キイチ「おい」

カンタ「いいじゃん事実だろ」


ばあちゃん「おやおや、それは最高の親孝行、いや、ばあちゃん孝行だねぇ」

キイチ「ん?てゆーか、さっきばあちゃん久しぶりって言った?誰かに言われたことあんの?」

ばあちゃん「ああ、それはね」




その時、昼過ぎまで寝ていたじいちゃんがボサボサ頭で服の裾を上げ、腰を掻きながら登場した。

じいちゃん「ふぁ・・・なんだ、今日はやけに賑やかだなと思ったらキイチが友達を連れて来てたのか」

ばあちゃん「あんた、今起きたのかい」


 

皆んなの視線がじいちゃんに集まる。

じいちゃん「??俺の顔、何か付いてるか?」

ばあちゃん「さぁ、どうかしらね?」

じいちゃん「どうかしらねってことはないだろ、目の前にいるんだから」

ばあちゃん「まぁまぁ、細かいことはいいじゃないか」

照れ臭そうに笑うばあちゃんを皆んなはニヤニヤしながら見守っていた。




その日から友人たちはばあちゃんのことを勝手に

「はちみつ梅の女神」と命名した。

俺はそのあだ名はどうなんだと思ったが

ばあちゃんが嬉しそうに笑っていたからまぁいいや。

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はちみつ梅の女神 昼月キオリ @bluepiece221b

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