願いを叶える美少女フィギュア

脳幹 まこと

起動

「今日もPVなし、か」


 高校生、鹿納 伴彰かのう ともあきは、自室のパソコンの前で深いため息をついた。

 小説投稿サイト「カクナル」のマイページに表示されたアクセス数は、投稿から三日経っても無慈悲な数字を刻んでいる。

 友人のいない伴彰にとって、創作活動は自分の存在意義でもあった。

 俺は他のヤツらとは違う。学校に言われるままに勉強するわけでも、まわりに合わせて中身のない話をするわけでもない。

 クラスの隅で流行りのソシャゲに興じる連中を横目に、自分は熱心に物語をつむいでいる――

 そんな自負も、この結果の前では虚しいだけだった。

 一発デカい作品を引き当てて、あいつらを見返してやりたい。伴彰の焦りは日に日に増していった。


 そんな折、ネットの隅で見つけたのが『願いを叶える美少女フィギュア・ドリムちゃん』の噂だった。

 胡散臭いオカルトフォーラムのスレッドに、それは書き込まれていた。


「マジで実現した」

「人生変わった」


 成功譚に混じり、こんな一文がある。


『――ドリムちゃんの緑の瞳を見つめながら、願い事をひとつだけ告げてみて。そうすれば、きっとあなたの願いが叶うでしょう――ただし、叶ったら彼女の約束もひとつ、守らないとダメだけどね――』


 心底馬鹿らしいと思った。こんなのは雑誌の表紙裏にある「持ってるだけで一攫千金」とか「15センチ伸びました」みたいなやつではないか。

 とはいえ、画像を見る限りでは悪くない見た目だ。値段も高校生の小遣いで何とかなる程度だった。


 元々、机に何か飾りたいとは思っていたしな――


 半信半疑、いや九分九厘疑いながらも、伴彰はそのフィギュアを特定の通販サイトで見つけ出し、注文した。


 数日後、届いた小箱を開けると、そこにはどこにでもありそうな美少女フィギュアが鎮座していた。全高20センチほど。清楚な衣装に身を包んでおり、例のフォーラムの書き込み通り、印象的な緑色の瞳をしている。


「馬鹿らしすぎる……けど、ものは試しだ」


 伴彰はフィギュアの緑の瞳をじっと見つめ、口を開いた。


「俺の書いている作品が、カクナルで一番になりますように」


 小っ恥ずかしさに顔が熱くなる。こんなのを誰かに見られたら悶絶ものだ。


「――願いは、それでよろしいのですね?」


「え?」


 澄んだソプラノボイスがした。明らかに、目の前のフィギュアから。関節もないはずの首がこくりと動き、唇が微かに笑みを形作る。


「う、噂は本当だったのか……」


 美少女フィギュア――ドリムは可愛らしく小首を傾げた。


「噂が何なのかは存じ上げませんが、ひとつの願いでしたら叶えられます」


「ど、どんなことでも?」


「ええ。ただし、条件がひとつ。もし願いが叶いましたら……わたくしと結婚していただきます」


 本当に、本当なのか――

 未だに疑わしいが、喋って動けるフィギュアなんて未だかつて聞いたことがない。


 不気味な提案とはいえ、願いが叶うなら……。伴彰はゴクリと唾を飲み込み、ほとんど反射的に頷いていた。


「分かった! だったら叶えてくれ――」



【俺の小説がカクナルで圧倒的に・・・・No.1になって、書籍化されますようにッ!!】



 その夜。伴彰の頭の中に奔流のように「売れそうな」アイデアが溢れ出した。今までにない感覚に驚きながら、彼は勢いのままにタイトルをつけていた。


『AI-VtuberTHEMORザマー~格下と思われて寝取られた無能俺氏、究極AIの力で悪役でもスローライフでも何でも実現してTS無双。は?あいつら没落?知らねーよ~』


 翌日、夢中で書き上げた第一話をカクナルに投稿すると、それは瞬く間に閲覧数を伸ばし始めた。そのコメント欄は絶賛の嵐だった。

 ポイントが、かつてない速度で積み上がっていく。


 伴彰は唖然あぜんとしながら、不思議な力を持つフィギュアを見つめた。彼女は、変わらぬ微笑みを浮かべていた。

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