『透過する春、AIは私の鼓動を聴いている』

Algo Lighter アルゴライター

プロローグ

プロローグ 春はまだ遠く

 春は、ガラス越しにしか私のもとへやってこない。

 四月の陽射しは穏やかで、窓際のカーテンを淡く透かしながら、病室の中に、ほんのりとした光の粒をばらまいていた。外から聞こえてくる子どもたちの笑い声が、遠い祭囃子のように、どこか現実味を失っている。


 私はベッドに横たわったまま、右手の点滴チューブをぼんやりと眺めていた。生ぬるい消毒液の匂いと、リネンのシーツの感触。病院の朝は毎日同じ――けれど今日は、ほんのわずかなざわめきが、私の胸の奥に生まれていた。


 「……窓の外に出てみたいな」

 小さく呟くと、誰もいない天井が白く広がるだけだった。

 窓の外では、桜の枝が柔らかく揺れている。ガラス越しの世界は眩しいほど鮮やかで、なのに手を伸ばしても決して届かない。


 ドアが静かに開いて、母が入ってきた。優しい笑顔で、私の額にそっと手を当てる。その手の温かさに、私はほっとする。

 「遥、今日ね、新しい機械が届くんだって。AIの先生が、ちゃんと説明に来てくれるって」


 AI。私はその単語を何度か頭の中で反芻する。

 テレビやネットで見るそれは、少し未来の話で、自分には縁のない存在だと思っていた。

 でも、私はもうすぐ、名前も顔もわからない“誰か”と、一緒に春を迎えることになるらしい。


 モニターの心電図が、ぴくり、と小さく跳ねる。規則正しく並ぶ緑色の波形。

 「外の風って、どんな匂いがするんだろう」

 そんなことを、誰にも聞こえないように呟いてみる。

 窓の向こうで、鳥の鳴き声がかすかに響いた。


 私はそっと目を閉じて、想像する。春の風、土の匂い、桜の花びら。

 それら全部が、これから“本当に”私のものになる日が来るのだろうか――

 まだ少し、不安で、でも胸の奥が、どこか温かく震えていた。


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