第21話 娯楽放送局2 ~そよ風と伝書鳩~

 テーブルの上に散らばっている「」を片付けているマリリーナの姿を見た『局長』は大きな溜め息をついた。娯楽放送が盛り上がる事は喜ばしいのだが、だからと言って「ガセ」や「ゴシップ」のようなイロモノ方面に伸びて欲しいわけではないのだ。心配は『局長』なりの親心である。


「大丈夫です! 私のモットーは『誠心誠意』ですから!」

「本当~?」


 胸を張るマリリーナだが、『局長』としては半信半疑である。ポストに投函とうかんされる「」の枚数は増えつつあるが、内容は真偽不明の情報ばかり。街中も「男」の噂に浮足うきあし立っているようだが、どうしたものやら。


「ふっふっふ、今日はとっておきのを用意したもんね。これを聞いたら局長もビックリしちゃうはず! 目指すは打倒『セイレーン』と『ケルベロス』だ! えいえいおー!」


 気合が空回りしなければ良いな、と願う『局長』をよそに、今日も今日とて『そよ風と伝書鳩』のチャンネルは始まってしまうのだった。



◇寂れた酒場◇


『それではお待たせしました! マリリーナが送る「そよ風と伝書鳩」のお時間です! 本日も皆様からのと共に、役立つ情報から~……』


 ピー、ガー、と拡声器からみみざわりな音が聞こえたかと思えば、すぐさま馴染なじみのある元気な声が届けられる。今日も今日とて、古代機械レガシーを使った娯楽放送が始まる時間が訪れたようだ。

 食事をしていた冒険者は手を止め、拡声器に目を向ける。内容はともかく、定刻通りに始まる放送は、彼女たちにとって時間を確認する事に使われているようだ。


「おい、聞いたか? ランク降格の話」

「あ~、知ってる知ってる。B級が散歩中の男に絡んだって話でしょ? めっちゃ笑ったよ。アイツら最近ちょーしからね。でもランク降格だけなの? 懲役刑まで行かなかったの?」

「それがよー、どうも告訴されてないらしいのよ。だから冒険者ギルドが自主的に処罰を与えたみたいだぜ。『D級降格に加え50日のボランティアをす』だってさ。これで済むならワンチャン狙うやつ、出そうじゃねーか?」

「いやいや、さすがに二度目はマジ怒られるっしょ! が冒険者ギルドに不信感を抱いたらどうなるって話! ウチらまで無職になっちまうよ!」


『えーと、最初のだよ。「うちの祖母が毎日欠かさず教会にお祈りに行っているんですが、最近とっても楽しそうです。腰や膝の痛みもやわらいでるみたいで、姿勢が良くなった気もします。神様にお祈りするの、本当に効果があるんですね!」との事。えーっと、大聖堂じゃなくて教会なの?! へー、たまたま大司祭様が来てたりしたのかね? 次!』



◇賑わいのある裏通り◇


「ちょっと、聞きました? 噴水公園のアイス屋の話」

「ええ、節操せっそうのない女たちがトラブルを起こしたようですわね」

「衛兵も大勢集まって、何人も拘束されたって……」

「一人の殿方とのがたに大勢の女が……まったく、私がその場にいたら皆さんを放り投げて差し上げたのに。やあ! とお!」

「それでここだけの話なんですけど、お隣のセレーヌさんがお尻を触ったって言ってまして……」

「あらヤダ! ご近所に犯罪者がいるなんて……」

「それで話を聞いてたら『雑貨店の硬めのクッションに近かったかも』って教えてくれまして……」

「あらあら! それで試してみたのかしら?」

「うふふ、二つも買っちゃったのよ。今から触りに来ない?」

「そ、それじゃあお邪魔しちゃおうかしら……!」


『えーと「歌劇を観覧した帰り道なんですけど、副団長のセレスト様をお見かけしました。いつもは役柄やくがら通りの凛々りりしい表情をなさっているのに、あの時は珍しく女性らしいなまめめかしい表情をしてましたの! もう次の歌劇の役になりきっていたのでしょうか? 公演が楽しみです」との事。うーん、チケットの倍率すごいから見たことないんだよね。でも副団長って男装の麗人れいじんばっかりでしょ? 新境地でも開拓したのかねぇ? 次!』



◇噴水広場◇


『えーと「世の中の男性の手って、どのような感触なのでしょうか? 私の想像だとゴツゴツしてると思います。だから街道で拾った硬めの木の棒を、目をつぶったまま下半身に押し付ければ……」ちょっとちょっと時間帯考えて! 次!』


「そろそろ『子種分配権』の抽選の時期だけど、今回は何人くらいが当選するのかなぁ? 前回は53人で妊娠したのが0人でしょ? うーん、計算したら夢も希望もない確率になっちゃいそうだなぁ」

「出した子種を薄めてるって噂もあるよね。ちょっと前に妊娠した人は歌劇団の団長に直接相手をしてもらったって話だし、『子種分配権』に期待するよりワンチャンに賭けた方が良いのかなー」

「そもそも街の人口を考えたら当選人数が少なすぎるよ! かさししないと行き渡らないの? そもそも男の人って、どれくらい子種を出せるの?」

「えっ、わかんないけど40人分くらい……?」

「1人でそれくらいなら、もっとたくさんの男の人に頼まないとダメそうだぁ!」

「あーあ、私たちにも男の人の知り合いがいたらなー」



◇寂れた酒場◇


『えーと「街にひそかに広がってる秘密、知っていますか? 「P」が手に入れば、アナタも男性と触れ合えるチャンス……」っとおお! このを投稿してくれたアナタ、とっても情報通ですねぇ! 本日のパーソナリティことマリリーナもですね、実は1枚持ってるんですよ! へへへ! えーっと、続き続き……「気まぐれな男性がつむぐ秘密の贈り物、1枚あれば手を繋げ、5枚あれば抱き寄せられる。10枚、20枚と枚数が増えるごとに……」って、なんだか私の知ってる話とは違うような……? でもでも、この「P」というのは正真正銘、男の人の手によるものですからね。とっても希少レアな情報なのは間違いなし! 手に入れるチャンスがあったら、逃す手はありませんからね! 次!』


「うわぁ。『そよ風と伝書鳩』が変なガセネタをぶち込んできたよ。そうまでして注目を浴びたいもんなのかねぇ? こんなチャンネルより、やっぱり私は『ケルベロス』の美声を聞いていたいもんよ」


 食事を終えた冒険者は「ハッハッハ」と笑い、テーブルの上に銀貨を置いて席を立つ。腹ごなしが済んでしまえば長居も無用だ。仲間とともに酒場を後にしようとする冒険者なのだが、対面に座っていた仲間の様子が何やらおかしい。

 

 勘付いた。歪な笑みを浮かべ、何かを誤魔化そうとしている態度。ヒミツを抱えている時の姿に間違いない。冒険者は困ったように息を吐き、再び席に座った。


「んだよおい、何か言いたい事があるんじゃねーのか?」

「へへっ、お、怒らないで聞いてほしいんだけど……」


 そう言いながらポケットをゴソゴソと漁り始めた仲間は、「P」と書かれた小さな厚紙を取り出したのだった。

 どうしたものだろう。「ヒ、ヒヒ」と卑屈そうに笑う仲間は自慢げにを見せびらかしているのだが、そもそもどうしてを持っているのか、全く分からない。ほとんど一緒に行動しており、男と顔を合わせている姿すら見た記憶はない。


「おい、これをどうしたんだ?」

「買ったんだよ! いやぁ、破格だったね。たったの金貨10枚だぜ? 手を繋ぐついでに私の力強いところでも見せれば、もしかしたら男の人と知り合いになれたりして……ヒヒヒっ!!」


 どのような夢を見ているのか、うっとりとした顔で宙を見る仲間。すっかり顔はとろけており、手の中の「P」を大事そうに握りしめる。

 とは言え、金貨10枚は相当の金額である。B級の自分たちが毎日休まず依頼をこなして、ギリギリ集められるかどうかという金額だ。「男性と知り合いになれる」という可能性に賭けられるなら悪くない買い物だが、だからと言って易々と買ってしまえるようなものでもない。


「っておい! お前、まさか……!」

「へ、へへっ。そうなんだよ。パーティの財布に手を付けちまった。いや、その事については本当に悪いと思ってる。でも私が男と友達になれたら、お前らだっては貰えるんだから悪い話じゃないだろ? なっ?」


 冒険者は怒鳴りつけそうになる感情をどうにか抑えた。仲間の言い分には一理ある。金を無断で使われた事には腹は立つが、男性と知り合いになれるなら金貨10枚は安すぎる賭け金だ。とは言え、釘は差しておく必要はある。


「おい、その「P」を使う時は絶対に私たちも呼べよ。抜け駆けは無しだ」

「わ、分かってるよ。だから見せたんだ。誠意の証ってやつさ」


 冒険者は互いに不敵な笑みを浮かべ、酒場を後にするのだった。



◇娯楽放送局◇


「って事で次は「秘密は井戸の奥底へ」の時間だよ! えーっと、もう時間がない? なら1枚だけ読んじゃおうかな! では選ばれし……フワフワモコモコさんからの! 「マジむかつく! せっかくエリオと一緒になれたのに、偵察役だからってずーっと御者席に座る羽目になってた!! 訓練中も魔物が近づかないか木の上で見張り番だよ!! 見てろよお前ら! 絶対に職場の奴らを出し抜いて私が一番幸せになってやるんだからな!!」との事で……えっと、名前だしちゃったけど大丈夫かなこれ? フワフワモコモコさん、前回に続いて今回もお怒りのありがとう! じゃあ最後に街のお得情報を……」


 放送を締めくくり、マリリーナが一息つく。今日も自分なりに全力は出せたはずだ。皆に楽しんでもらえたかな? 自己評価は100点満点だ! 

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