第6話 諦めた恋の始まり


「捕らえろ!一人も逃すな!」


「な、なによこれ! なんなのよおおおおおおお!!!」


 岩場の影から次々警邏隊が現れる

 逃げ出そうとした三人はあっけなく捕獲された。

 抵抗するロージーの声がする。


「殺人未遂の容疑だ!」


「な、なぜ! どうして……っ!!」

 予想もしていなかった状況に、ロージーは目を白黒させていた。


 私は毛布を身体に掛け、義兄にい様に支えられながら、捕まった愛人たちの前に立った。


「!」


「あなたが私を殺そうとしていた事なんて、とっくにお見通しよ。出された紅茶は飲んだふりをしただけ。今頃あなたの家は家宅捜索されているはず。睡眠薬が入ったティーポットは証拠として押収されているでしょうね」


「!!」

 悔しさと憎悪の眼で私を睨み付ける愛人ロージー

 そんな視線から守るように、義兄にい様が私の前に出る


「分不相応にも正妻の座を狙い、義妹いもうとに害をそうとする愚か者がいると聞いてな。事前に警邏隊に通報しておいた。おまえたちの動向はすべて把握していたんだよ」


「そんな……っ!!」

 愕然とし、項垂うなだれるロージー。


「大事な義妹いもうとを亡きものにしようとしたおまえたちに、救いの道はないと思え」


「っ!」

 目で射殺しそうな義兄にい様の眼光に、白い顔色になっているロージーとその親たちは腰を抜かしてガタガタと震えるばかりだった。



 そう…今世では愛人を監獄へ送ると決めていた。

 そのためにも、前世と同じ状況にしなければならなかった。

 義兄にい様に前世の話をした時に、私の考えを伝えた。




『私……ロージーをこのままにさせたくない!』

『………それで俺は何をすればいいんだ?』

『だから敢えて、前世と同じ状況になろうと思うの』

『そして現場を取り押さえるって事だな』

『ええ』



 

 いつロージーが私を呼び出すか、どのような状況になるのか、全て私の記憶の中にある。


 そして、前世と同じようにロージーが書簡を送って来た。

 私はロージーの家へ行き、出された紅茶は飲んだ振りをした。

 ジェニックとのくだらない話を聞かされた後、薬が効いたふりをして倒れる。

 そしてロージーの両親が私を馬車へと運ぶ。

 行先はあの岩場だ。



 本当に前世と同じね。



 あらかじめ、現場には複数の警邏隊が待機していた。

 ロージーの親が、干潮で現れた岩肌に私を放置し、その場を離れた後にロージーの親と崖の上で様子を窺っていたロージーは逮捕された。

 

 私は腰を抜かしているロージーを見下ろし、笑みを浮かべながら言った。



「伯爵夫人になれなくて、残念だったわね」



「う…ぅ… あああああ!!」

「大人しくしろ!」


 暴れ始めるロージーを、複数の警邏隊が押さえる。


「行こう」

「ええ」

 私は義兄にい様と馬車へと向かった。

 

 警邏隊に拘束されながらも喚いているロージーの声が、いつまでも聞こえていた。



 ◇



 後日、私と夫の離縁が成立した。


「は~、出戻ってしまったわ」

「おまえは、何も悪くない」


 私は実家に戻り、義兄にい様と中庭を散歩していた。


「けど、世間はそう見ないわ。見るのは離縁して出戻ったという事実だけ。多分、どこかの後妻になるのかしら?」


「…そうだなぁ、おまえに選択肢はないな」


「え!? もしかしてもう縁談がきているの!?」


「俺」


「………え? な…っ? ええぇぇえ?!」

 私は言葉にならない疑問符ばかり発していた。


「もともと父上たちは、おまえと俺を結婚させようとしていたんだ」


「そんな話、初めて聞いた!」


「当初、俺はインペルタ家の跡継ぎとして引き取られたんだけど、おまえが俺に懐いている様子を見てそう思ったらしい。それに父上たちからしたら、おまえを他家よそに嫁がせなくて済むしな」


「そうだったの…」


「けど、おまえはジェニックを好きになり、向こうから結婚の打診があって、父上たちの目論みは頓挫とんざした。けど、おまえが離縁したから、また父上たちの願望が目覚めたってわけ」


「……っ」

 お父様たちがそんな事を思っていたなんて知らなかった。

 でもそれって、お父様たちの願望であって……


「そして俺の願望でもある」

 義兄にい様が私の心の中の疑問に答えるように言った。


「え?」


「初めて会ったのはおまえが1歳の時だったかな? おまえは母上の腕の中でずっとぐずって泣いていた。だけど俺の顔を見るとピタリと泣き止み、天使のような笑顔を見せてくれて……その時から俺の心はおまえだけだ」


「に、義兄にい様…」

 

もしかして、義兄にい様が今まで独身だったのは……

 

「…戸惑うのは分かる、今まで義理とはいえ兄妹として育ってきたんだ。けれど俺にチャンスをくれないか?」


「チャンス…?」

 今まで見たこともないような真剣な目を、まっすぐと私に向ける義兄にい様。

 とくん…と胸が鳴る。

 

 ……実は私の初恋が義兄にい様と知ったらどう思うかしら?


 7歳の時、兄妹では結婚できないと知って、一晩中泣きながら初恋をあきらめたあの日。


 けど3年後、義兄にい様が実の兄ではないと知って、とても複雑な気持ちになった事を。


「そうだな…まずは、“義兄にい様”はやめようか。名前で呼んで欲しい」


「な…まえ?」


「そう」


「……………ウォード?」

 私は遠慮がちに、名前を呼んだ。


「…やっと一人の男として、おまえの前に立てた」

 そう言いながら、嬉しそうに微笑んだ……ウォード。


 あの時あきらめたはずの初恋が、また始まった。












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