声が紡ぐ、君への想い

古杜あこ

第1話 線対称の彼

「あーあ、やっぱ運は味方してくれないかー……」

 

 手の中にある小さな紙切れを見下ろして、私は唇を尖らせた。

 今回こそは、と思ったんだけどな。


沙織さおりー」


 紙切れに番号が示された窓際の席へと移動すれば、親友の灯里あかりが私の後ろの席に既に腰を下ろした状態で指に挟んだくじの紙をひらひらと振ってみせた。


「よかった、後ろの席、灯里なんだ」

「困ったときは助けてね」


 椅子に座って灯里を見れば手を合わせ頭を下げている。


「勿論! 灯里と席が近くで嬉しい」


 灯里にそう告げて、わたしはこっそりと教室の中を見回した。

 そう、灯里の近くの席で嬉しいのは本音。

 でももう一人、近くの席になれたら嬉しかった人がいる。

 ざわざわと騒がしいのが急に止まってしまったような感覚とともに、彼の姿を見つけた。

 廊下側の真ん中の席だ。また、左右対称の位置。同じ教室なのに、遠い。近いようで全然近くない。


「新堂とまた近くになれなかったか」


 灯里が何かを察したかのように言ってきて、その声にすべての音が元通りになる。

 べつに、期待なんかしてなかったし。と、言いたかったけれど負け惜しみみたいだと感じて飲み込んだ。


 今までは彼が窓側から二列目の後ろから二番目の席。

 わたしは廊下側から二列目の後ろから二番目の席。


 対称関係は変わらないけど、よく考えたら遠ざかってしまっている。

 挨拶しかできない。そんなわたしと彼との関係を距離すらも現わしているようでなんだか悲しい。


「ちょっとだけ、悲しい」

「近くの誰かに席変わってもらう?」

「そんなズルしたら、もっと話しかけられなくなっちゃうよ」


 罪悪感半端ないでしょ、そんなの。

 でもズルぐらいしないと、近くにすらいけないのに。


「じゃあ、普通に話しかけるしかないね」

「普通ってどうやって?」

「私としゃべっているみたいにさ、普通に」


 簡単に言ってくれるけど、それがどんなに難しいことなのか、きっと本人にならないとわからないかもしれない。

 目の前に――半径2メートル以内に入っただけでも、頭の中が真っ白になって、周りの音すら聞こえなくなって、自分が声を出せることすら忘れてしまう。

 なんでなんだろう。

 

 彼とどうにかなりたいと、そんなこと願うことすらできない。

 ただ近くにいたい。半径2メートル以内の距離で、普段通りのわたしで。

 「おはよう」とか「さようなら」だけじゃなくて、好きな動画とか歌とかの話をしたり、授業のわからないところを教えあったり、なんでもないことで笑いあったり、とかそういう普通の青春っぽいこと。


 叶わなさそうで、ずんと重たい何かが心臓に乗っかっているような感じに、暗くなる。

 後ろの席が親友だとか、窓側の席だとか、楽しみなこといっぱいなはずなのに、全然うれしさを吹き飛ばしてくる。


 この恋はわたしの五感すら狂わせる。


 次の席替えまでは、遠いよね?

 今度こそは、絶対近くの席になりたい。せめてあの声が届く距離がいい。

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