元ギター小僧の近くて遠い恋
USAのらきち
第1話 自称天才と、4浪の先輩
東京藝大へ現役合格を目指した自称天才の山鹿麻矢、その反り立つ高い高い高ーい壁を越えられず、来春の合格を目指すべく特待生として再入校した藝大美大進学予備校。
2007年度の受講生は4月1日に簡単に形式的な入校式を済ませて担当講師の紹介の後、すぐに午前中2コマの学科講義に入った。
4度目の藝大受検も合格できず、4浪目に突入した川本厚。山鹿が予備校に通い始めた昨年の夏期講習会の後半から何となく近くにいて「川本先輩」「山鹿ちゃん」と呼び合う間柄。
川本先輩は、さすがに慣れたもので、ひょうひょうとした態度で予備校内を行き来する。
講義中にもかまわずトイレに行って喫煙休憩。そして残留煙の臭いを漂わせながら麻矢の隣の席に戻って来る。
昼休みは2人でコンビニ店へ。
山鹿は牛乳パックとアンパンを、川本先輩はとにかくタバコを吸えればよいので菓子パンを2個買ってイートインコーナーへ。
「川本先輩、よく浪人、家の人が許してくれましたね」
「4浪目だしな、普通はダメだけど今回はよ、初めて特待生で半額になったから」
「えー、今回はですかあ。前の年は特待生じゃなかったんですか!」
「だったけど、トップクラスならずで3割引だけ」
「うわーっ、何やってたんスか去年は…」
「山鹿ちゃんもわかるっしょ、2浪して3度目で藝大の一次も落ちてみろよ、その落ち込みかた半端ないって」
「…スねえ。それでも、また来年へ頑張ろうって気になったのは凄いですよ」
「これからバイト頑張んと、もう親が小遣いというか昼飯代、くれんのよ」
「そのバイト、もう決まってるんスか」
「まだよ。今日の帰りからそのへんウロウロして夜のバイトでも見つけんと」
「頑張ってくださいよ、憶えてますか、ボクが貸したままの分」
「それなあ、山鹿ちゃんはてっきり現役合格すると踏んでたんで合格祝いで帳消しにしてもらうと思ってたのに」
「なあーにが合格祝いですか、こっちがもらう立場やないスか」
「山鹿ちゃん、バイトの予定は」
「ありますよ。ただですねえ、ここまでの通学時間があるんで短時間バイトっスよ」
「わっ、もうあるん。この近辺? 俺にも紹介してもらえん?」
「まだ行ってもないのにわからんですよ、それに父親通じての紹介してもらった店なんスよ」
「ふーん、優しいお父様だねえ、ウチのクソったれ親父とは大違いよ」
そんな会話の間に川本はタバコを吸いながらパンを齧る、たちまち吸殻で灰皿が山盛りになるほどだ。
午後からは静物デッサンを基礎から見直し。ほかの新入校の生徒も多いし、2浪や3浪の先輩もいる。
山鹿にとって川本先輩は早く亡くした兄・郁矢が生きていれば同い年で、いろんなイメージが被って親しみやすさがあった。一つ嫌なのはタバコの吸いすぎ。
これだけはなんとか止めさせたかった。経済的にも健康的にも。
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