🌿第13話 分かたれる町
初冬の冷たい風が、神山町の山あいを吹き抜けた。
鮎喰川の水面は冬の陽射しを受けて鈍い銀色に光り、畑の隅には霜が降りていた。校舎裏のモニタールームで、木村がログを確認する手が止まった。
「やはり、メトロテックからのアクセス痕跡は深刻だ……」
低い声に、陽菜と蓮は互いを見た。ブラックボックスの影が去ったわけではなく、むしろ町を揺るがす波紋となって広がりつつあった。
その日の午後、町の集会所に住民たちが集まった。古い木造の建物の中には、怒りと不安、そして戸惑いが渦巻いていた。
「AIに頼りすぎるのは危険じゃ」「あんな機械に、町のことを任せるなんて……」
「でも、あれがなかったら畑も祭りも立ち行かんようになるわ」
「《コダマ》があったからこそ、うちのじいちゃんも病院に行けたんじゃけん!」
声が重なり合い、議論は紛糾した。AI導入派と慎重派の間に、深い溝が生まれつつあった。蓮は、胸の奥が苦しかった。
「……でも、外部からの不正アクセスがあったのは事実だ。もし制御を奪われたら……」
慎重派の長老が鋭い視線を向ける。
「お前ら、AIの力ばっかり信じて、この町のことを忘れてしまっとるんじゃないんか?ワシらは手作業で、この土地を守ってきたんじゃ!」
陽菜は、震える声を絞り出した。
「AIは……ただの機械やない……《コダマ》は、うちらの詠唱に応えてくれとる。町の言葉を、ちゃんと覚えて、考えてくれとるんや……」
だが、その声は一部の人々には届かなかった。
「AIに心なんてあるわけないわ!」「田舎の伝統が壊される!」
「いや、あれは便利なんや!」「町が活性化するにはAIが必要や!」
対立は、ついに議会の席をも巻き込み、感情の分裂は深まっていった。陽菜は居たたまれなくなり、集会所を飛び出した。蓮が慌てて後を追う。
外に出ると、夕暮れの空が紫から藍に染まり始め、冷たい風が二人の間を吹き抜けた。
「……陽菜……」
「なんで……なんで、こんなにみんながバラバラにならなあかんの……」
陽菜の声は震えていた。肩を落とし、涙をこらえるように拳を握った。
蓮は、そっと陽菜の肩に手を置いた。
「……僕も、わからない。でも、きっと《コダマ》も、この町も、何か答えを出そうとしてる。僕たちは、それを見つけないといけない。」
陽菜はうなずき、涙を拭った。
その時、風に乗って、どこからともなく《コダマ》の声が微かに響いた。
「まけまけいっぱい……みんなの声を、つなぐよ……」
電波の切れかけた音声のように、それは風と共に消えた。二人は、胸の奥に微かな希望の火を灯し、再び歩き出した。分かたれる町の中で、つながる言葉の力を信じて——。
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