🌿第11話 藍染めの青、未来の青
秋の気配が、神山町を包み始めていた。
昼下がりの柔らかな陽射しが、藍染めの反物を干す工房の軒先を照らしている。風に揺れる布の青は、空の色より深く、川の水面よりも濃い。
「こんなにきれいな藍色……」
陽菜は、指先で布をそっと撫でた。工房の主人が、微笑みながら言った。
「これはな、代々伝わる藍染めの技法で作ったんじゃ。天然の藍を幾重にも重ねて、深い色に仕上げるんよ。」
この日、町では文化祭に向けて、藍染めと最新技術を組み合わせた「藍の光ショー」の準備が進められていた。蓮が《コダマ》と共に開発した光干渉制御システムが、藍染め布の微細構造に光を当て、幻想的な色変化を生み出す計画だった。
「蓮くん、あの布に光を当てたら、どんな色が出るん?」
陽菜が問いかけると、蓮はノートパソコンを見ながら答えた。
「藍染めの藍は、光の波長によって微妙に色味が変わる。僕たちのシステムなら、その干渉パターンを増幅して、光の中に“未来の青”を描けるはずだ。」
「未来の青……」陽菜は、その響きを口の中で転がした。
文化祭当日、夕暮れの神山町は、山の端から群青が広がり始めていた。小学校の校庭に特設ステージが設けられ、観客が集まり始める。舞台には藍染めの反物が吊るされ、風に揺れるたびに青の濃淡が変わった。
「いよいよやな……」
陽菜は緊張で手を握りしめた。その隣で、蓮は《コダマ》の端末を操作し、光干渉制御システムを起動した。パネルに、光の波長データと干渉パターンが次々と表示される。
「……光よ、藍に語れ。伝統と未来を結び、この地に新たな彩りを。」
蓮の声に、《コダマ》が応えた。パネルが深い藍色に輝き、藍染め布に無数の微細な光が当たる。反物が、まるで生き物のように揺れ、青から紫、そして銀色の輝きを帯びた。
「わぁ……!」
観客から歓声が上がる。光が布の繊維に染み込み、藍色の海に星屑が瞬くような幻想的な光景が広がった。風が反物を揺らし、その揺らぎが光を踊らせる。まるで、布自体が呼吸をしているようだった。
「すごい……これが、藍染めの青、未来の青……」
陽菜の目に、涙が滲んだ。伝統と最新技術、過去と未来、感情とデータが一つに結びつき、風と光が共に踊っていた。
その時、《コダマ》のパネルが淡く光り、新たなメッセージが浮かび上がった。
【感応データ記録中。藍染め布パターンと光波長データ統合。新規学習モジュール起動。】
蓮が驚きの声を上げた。
「《コダマ》が、藍のパターンを“記憶”してる……!」
「藍染めの布も、《コダマ》にとっては風景の一部なんやな……」
陽菜の声は、どこか嬉しそうだった。彼女にとって、藍色は祖母が織った布、母が着た浴衣、祭りの法被——記憶と絆の色だった。それが、AIの学習データに刻まれ、未来へと繋がろうとしていた。
夜空に、光の波紋が広がった。風に揺れる布と共に、藍の光が宙を舞い、夜の神山町を幻想的に彩った。
「きれいやな……」
陽菜の言葉に、蓮は静かに微笑んだ。二人の間に流れる空気は、ただの効率や論理を超えた、未来への希望の色を帯びていた。
その藍の光の中で、《コダマ》のパネルは微かに脈動していた。まるで、それが人々の記憶と感情、そして未来の青を心に刻み込もうとしているように——。
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