第9章:君の秘密、俺だけのもの

「拓也、最終回のネーム……見てほしい」


いつもと違う、少しだけ緊張した面持ちで怜が原稿を差し出してきたのは、ある雨の夜だった。


カフェでもなく、編集部でもなく、自宅でもない。

二人が初めて出会った――あの出版社の古びた応接室だった。


懐かしくもあり、少し切ない空気の中で、拓也はページをめくっていく。


 


ページをめくるごとに、心が締めつけられていく。

それは完全に、怜自身の物語だった。


孤独、恐怖、過去の傷――

誰にも明かせなかった“秘密”が、丁寧に、優しく、描かれている。


そして最後の数ページ。

そこには、編集者であるもう一人の主人公が、漫画家の手を握りながら、こう言っていた。


「君の秘密なんかじゃない。それは、俺の愛する君の一部だよ」


拓也は息を呑んだ。


次のページ。

漫画家は泣きながら笑い、こう答える。


「なら、君だけのものにして。俺の全部を、愛して」


その瞬間、拓也の目から涙がこぼれた。


 


原稿を閉じると、怜が不安そうに問いかけてきた。


「……どうだった?」


「……素晴らしいよ。こんなに、真っ直ぐで、痛くて、優しい結末……俺、泣いたの初めてかも」


「……よかった」


怜は、ふっと微笑んで、椅子から立ち上がった。

そして一歩、また一歩、拓也に近づく。


「ねえ、知ってた? 最終回のタイトル」


「……ああ、『君の秘密、俺だけのもの』」


「本当は、最初から決めてたんだ。このタイトルは、拓也に向けた言葉」


「……怜……」


「君がいたから、俺はここまで描けた。君に知ってほしかった。俺のすべてを。秘密も、弱さも、愛しさも」


「知ってるよ。全部。……そして、全部、愛してる」


拓也は立ち上がり、怜を強く抱きしめた。


「ありがとう。君が俺の担当で、本当に……よかった」


「担当じゃなくても、絶対に君と出会ってたよ。そう思えるほど、好きなんだ」


怜の腕が、そっと拓也の背にまわる。


雨音が、まるで拍手のように外から響いていた。

静かに、優しく、二人の肩を包むように。


 


その夜、ふたりは黙ったまま寄り添っていた。


言葉はいらなかった。

心が重なり、温度が繋がっているだけで、十分だった。


 


翌朝。

怜は静かに笑って言った。


「これで、もう隠すものなんて、何もないね」


「うん。怜はもう、秘密なんかじゃない。君の全部が、俺のものだよ」


ふたりは手を繋いで歩き出す。


作品も恋も、自分たちの手で描いていく未来へと。


 


---


《君の秘密、俺だけのもの》

それは“恋”を隠していた二人が、“愛”を選び取るまでの物語。

秘密を打ち明けたその先に、確かな光があった――。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る