うわあ、とても面白いです。戦後の農地改革が、共産主義を阻止するための意図もあったとは。当時アメリカはソ連との対立が激しかったですもんね……。
戦前の小作制度がさまざまな歪みを起こしていたのはもちろんですが、元地主の方々は戦後、天地がひっくり返った世の中に本当の意味では適応できなかった方も多かったと聞きます。
作者からの返信
ここが本当に日本農政の転換点なんですよ。
確かに、農地を分配する事で農村の赤化を防ぐ事には成功したんですが、その代わりに地権者細切れ状態の畑が大量に出来てしまい、効率化という点では壊滅的な状態になってしまった。
もし、大地主がそのまま健在であれば、大資本による大規模農場によって、日本の農業の効率性が違っていたとも言われています。
やり方があまりに旧態依然の状態であったと。
作者からの返信
そうなんですよ!
本当にやり方も考え方も古い!
正に我が意を得たり、といった感じです。
そうなんですよね。農地改革は反共という政治目的のために、農業の効率化を完全に犠牲にしています。
まあ、今にして思えば、共産政権が成立すればとんでもないことになったの明らかなので、この政策は一概に否定しにくいですが農業の効率化が犠牲になり、今もっておその影響を脱したいないのは紛れもない事実かと。
実際、都会の人たちは、各農家の所有する農地が一塊になっておらず、ぽつりぽつりと散らばって、モザイクのように入り乱れて存在しているなんで想像がつかないと思います。次に耕す田んぼ迄数百mトラクターを動かさなければならないなんて。
そんな非効率な事になっている原因もやはり農地改革かと。
作者からの返信
まさにそうなんですよ。
細切れの田畑があちこちにあって、こっちとそっちを引っ付けたら、管理しやすい圃場なんていくらでも転がってます。
あと、地権者不明の土地も多く、これも土地利用の観点から足枷になっています。
農業なんて土地ありきの商売なのに、その土地が足枷になって作業に差し障るという悪循環。
これを断ち切らないと、本当に日本の農業はお先真っ暗です。
庄内藩を援助して幕末で幕府軍側の最強の戦力にしたから、明治維新後、本間家は没落したかと思ってました
ちなみに、自分の作品でも出しているのにね
幕末以降は悲惨になってたら辛いので調べなかったんですが、脈々と残っていたんですね
作者からの返信
本間家は庄内藩のパトロンとして、当時の最新装備を備え織り、これの激突を憂慮したのが肥前藩の鍋島直正公。
肥前藩も最新装備で固めていたため、まともにぶつかると被害が大きくなり、海外勢力の進捗を許す事になると常々考えていた。
ただ、米沢藩や会津藩が相次いで降伏したため、それは寸前で回避されました。
本間家は大地主としてその後も残りましたが、農地改革で多くの農地を手放す事になり、残っていた命脈も一気に没落しました。