第10話 病院にて

 翌日、日曜日。真田は朝八時に起床したが、やはり黒条は起きていなかった。

 朝食は自分で作ることになるのだと直感する。

 朝食を食べ終えた後、家の電話が昨日とほぼ同じ時間に鳴った。

「もしもし? 昨日に引き続き、悪いね」

 申し訳なさそうな志波の声が聞こえてくる。

「全然良いですよ。今日はなんですか?」

「源くんは知っているかな? 今回、君が助けてくれた人だね」

「知ってますよ。源がどうかしました?」

「単純な話さ、今彼は入院してるんだけど、そのお見舞いに行かないかという話だよ。時間は何時でもいいけど、今日中がいいと思う」

 少し迷った後、志波の提案に乗ることにした。

「わかりました。病院の住所教えてください」

 了解と言った志波は、そのまま住所を口にする。真田はそれを近くに置いてあったメモ用紙に記入する。

「それと、これは念のために伝えておこうかな」

「……?」

 何のことかと思いつつも、志波の伝言を聞き届けた。

「わかりました。言うかはわかりませんけど、とりあえず覚えておきます」

「うん。じゃあまたね」

「はい」

 受話器を電話台に置いて電話を切る。

 続いて、メモに書かれた病院の住所を見る。携帯で調べると、病院は、わりと近くにあることが分かった。

 何時に行くか迷っていると、二階から音がしてくる。続けて階段を下りる音が聞こえてきて、リビングと廊下を隔てる戸が開いた。

「……」

 黒条は自分には目もくれずに横を突っ切り、テーブルに置かれた朝食に手を付ける。

 無心で食べ続ける黒条を見ていると、突然目線が此方を向いた。

「何?」

 睨みの効いた一言。

「いや」

 ――本当に仲良くできる気がしない。

 真田は逃げるようにして自室のベッドに身を投げた。



 **



 午前中、真田は学校の課題や試験勉強を行った。夏休みが近いということもあり、期末テストも近い。狩人になったとは言っても、学生として勉強はしなくちゃいけない。

 勉強を終えて一休みしていると、携帯に通知が来た。

『昼食作っといたから』

 黒条からのメールだった。まさか彼女からメールが来ると思ってなかった真田は、少しだけ驚きつつも、『ありがとう』と返信し、階段を下る。

 勉強に集中していたから気付かなかったが、黒条は外出したようだ。

 相変わらず一人で、飯を食べる真田。

 昼食であるオムライスは、とても温かい。

 作ってから外出したことを考えると、一応朝食を作らせていることに感謝をくれているのかもしれない。

 ――行くか。

 昼食を食べ終えた真田は、少し食休みを挟んでから、メモに書かれた病院へと向かう。

 病院までは最寄りの駅から三駅。そこそこ立地のいい場所に住んでいることもあり、あまり時間はかからない。

 病院に着くと、受付の方に話しかける。

「源さんのご友人ですね。部屋は302号室ですので、階段またはエレベーターを使って向かってください」

 軽くお辞儀をして、指定された部屋へと、エレベーターを使って向かう。

 階段を使うことも考えていたが、一昨日に続き昨日と体を酷使したからか、あまり階段を使う気にはならなかった。

 病院は全体的にゆったりとした雰囲気で、聞こえてくる音は学校に比べ非常に少ない。

「おう、真田」

 部屋に入ると、こちらを見た源はやや不自然な笑みを浮かべ、そう声をかけた。

 対して真田もニコリと笑みを浮かべ、ベッドで上体を起こす源に近づく。

 軽く見渡すが、同じ部屋に別の人はいないようだ。

「ありがとうな、わざわざ見舞いに来てくれて。それと……助けてくれて」

 ベッドに横に据えられた簡素で丸形の椅子に座って少しした後、そう言ってきた。

「俺だけの力じゃないよ。あいつが……黒条が一緒に戦ってくれたからだよ」

「いや、お前がいなきゃ、俺はとっくに死んでた。紛れもなくお前のおかげだ」

「……確かにそうかも」

「おう、そうだぜ」

 何故だか目を見る気になれなくて、下を向いてしまう真田。

「体の方は大丈夫?」

「全く問題ねぇよ。少し体の節々は痛むけど、そんくらいだし。検査入院ってやつだな」

「そう……なら、よかった」

 心の底から安心してそう呟いた。

「てかむしろあんだけ深い傷つけられたお前がピンピンしてんの意味わからんわ! バケモンかよ!」

「確かに化け物かも」

 声を張り上げる源に驚いて、あっさりと認めてしまう。

「自分で認めんなよ……まぁ、無事ならいいけどさ」

 長い沈黙が流れる。真田は日頃から人と話していないのもあり、会話を続けさせる能力が低めだ。

 しかしそれを、源がカバーする。

「志波って人から聞いたけど、狩人になったらしいな」

「うん」

「これからテラスと戦っていくのか?」

「そうなるな。少し怖さもあるけど」

「怖いなら辞めればいいじゃねぇか」

 それまで下げていた視線を、源に向ける。

「そうも言ってられないんだよ。俺なりにやるべきことができたから」

「やるべきことって?」

「母さんと妹……永李を探すことだよ。二年前から未だに見つかってないんだ」

「二年前か……結構経つな」

「うん、でも死んだわけじゃないから、絶対今もどこかで生きてる。そんな確信が今俺の中にある。だから、戦うんだ」

「……そうか」

 力が抜けたように、弱った言葉でそう言った。

 言うならこのタイミングだと、真田は思い切って口にする。

「田淵は亡くなったよ。志波先生が、そう言ってた」

 少しずつ、目を見開いていく。聞きたくなかった、そんな顔をしている。

「……そうか」

「思ったより、驚かないんだな」

「まぁ、何となくそうだとは思ってたからな」

 気まずい時間が少しの間流れた。

 真田は言った責任を全うしようと、亡くなるに至った経緯を説明する。

「田淵は、もともと狩人だったんだ。巻き込みたくないからって言う理由で源に入ってなかったらしいけど。それで、テラス……いや、敵との戦いの途中で……命を落としたって聞いたよ」

「……マジか、あいつ狩人だったのか」

 全てを諦めている目をしている。恐らく入院期間が過ぎれば、自殺なりなんなりで自ら命を絶つのだろう。

 それを悟った真田は、志波から聞いた最後の話を、源にする。

「『田淵くんはいつも源君の話をしていたよ。それもすごく楽しそうにね。本当に源くんのことが大好きだったんだと思う』……って、志波先生が言ってた」

 遺言に近しい田淵の話を聞き届けた源は、深い闇を宿していた瞳に光を宿す。

 単純な好意の明示。それが今の源には、強い救いとなる。

「……はは」

 両手で顔を覆い隠す源。真田にはそれが何を意味するのか分かった。

 ――田淵が源を好きだったように、源も田淵が好きだったんだな。

 真田は志波から預かった言葉ではなく、自分で考えた言葉を口にする。

「できればまだ、死なないでほしい。田淵も多分、それを望んでない。源に少しでも平和な世界で生きてほしくて、田淵は狩人になったと思うから。それで源が死んじゃったら、多分天国にいる田淵も報われないよ。それに」

 少し息を整えてから、強い語気で真田は続ける。

「俺が命を懸けて助けた。その分くらいは生きてほしいんだ。だからお願いだ、田淵の為にも、俺の為にも、生きてくれ」

「……別に、死ぬなんて一言も言ってねぇよ……」

「見てればわかるよ。自分もそうだったから」

 本格的にすすり泣く音が聞こえてくる。

 自分の心がじんわりと熱くなるのを感じる真田。

 これ以上居るのは野暮だと思い、部屋から出るために席から立つ。

「……真田、俺さ」

 部屋から出る直前で声がかかった。

 振り向くと、大量の涙を目尻に溜めた源が、笑っている。

「頑張るよ」

「……うん」

 笑い返した真田は、そのまま部屋の戸を閉めて病院を後にした。

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