第6話 覚醒
源が真田を運び出し、テラスと一対一となった黒条救華は真正面から戦っていた。
教室はボロボロで、置いてあった机や机はどれも破壊されている。どれもほとんどテラスによって引き起こされたものだ。
彼女が持つ武器は、弓剣。両端に刃、真ん中の弓柄持ち手がある。いざとなれば両端の刃で連撃を仕掛けることができる仕様となっているが、今の黒条は防戦を強いられている。
「っ!」
かろうじて避けた殴打。ひとまず態勢を整えようと、後退して距離を取る。
しかしテラスの攻勢は止まらず、その距離はすぐに埋まった。
焦った黒条は咄嗟に切り払うも、体に切り傷が少し付いたくらいで、動きを止めるほどの威力はない。
テラスは掌を黒条の体にたたきつける。それだけでもすさまじい衝撃だが、テラスは黒条を掴み、一回転させて教室に投げつけた。
当然、黒条が激突した場所は破砕。同時に、強い衝撃と共に痛みが黒条の体を駆け巡る。
「……まだ……」
黒条は力を振り絞り、立ち上がる。自分が倒れれば源やまだ学校に残っている人がターゲットにされてしまう。
だがテラスのその圧倒的な体格を前にして、黒条は思わず後退りしてしまう。
――私は、もう。
もうほとんど力は残っていない。下を見て、諦めようとする。
ただそんな中でも、黒条は心のどこかで希望に縋っていた。
今この時間は自分しか学校には残っていない。他の仲間がここにいる可能性は極めて低い。
だが、それでも願った。
誰かが駆けつけてくれる。
誰かが助けに来てくれる。
――タタタタタ、そう誰かの足音が聞こえてくる。
次の瞬間、壁が壊れたような衝撃音が耳に入ってきた。
よく見ると、視界に入っていたテラスの足が消えている。
黒条は逸るように正面に目を向ける。
それは――いつもの彼とは別人かのような、真田心だった。
**
もう、二度と――――。
強く決心した真田は、テラスを見つけるなり即座に拳鍔をはめた拳で殴りつけた。
放った拳は威力があった。打撃を食らったテラスは大きく飛び壁に衝突して軽く呻吟した。
左にいる黒条に目をやる。
既に満身創痍のようだった。全身擦り傷だらけで、また血も体のいたるところから流れ出ている。
目も、半ばあきらめているような感じだった。
「俺に任せてくれ」
真田は強い意志を言葉に乗せ、黒条に送った。
そうして直ぐに、テラスの方に意識を注ぐ。テラスはもう臨戦態勢を整えていた。今にも襲ってきそうな体勢を取っている。
――結構いいのが入ったはずだけど、全然倒せる気配がない。でもあの時はちゃんと倒せたから、絶対に倒す手段はある。
戦いつつ、テラスの撃破方法を模索することを決めた。
いつでも動けるように腰を落とす。
そして、襲い掛かってくるテラス。空を切るほどの速さで、その巨体をぶつけにきた。
流石に正面からぶつかれば無事では済まないと思い、素早く横に移動することで攻撃を回避。
廊下側の壁に激突したテラスに素早く一撃を叩き込む。
拳に伝わる感覚から、手応えは確かにあるが、それを物ともしていない様子だ。
攻撃の気配のようなものを感じ、上体を逸らす。
目の前でテラスの巨腕が通過していった。
――っ。
冷や汗をかいたような感覚を覚える。
真田はそのまま後退し、倒す方法を思案してみる。
――情報がない。でも、ダメージが入らないわけじゃなさそうだ。
とにかくダメージを与えることに真田は集中する。
目線の少し先で、再びテラスが突進の態勢を取ってきた。
先刻は避けたが、今回はダメージを与えることを重視しているため、別の方法で対処する。
避けるのは同じだが、その後すぐさま反撃できるように移動したい。
真田は突進してくる敵に対し、またの下にスライディングすることで激突を避け、回避。
そして間髪入れず、拳を強く握る。
全身から力を結集させるようにして、全力の一撃を拳からテラスへ叩き込む。
――良し。
壁に衝突するテラスを見て、ダメージが入ったことを確信した真田。
先程までならすぐに反撃してきたはずだが、今回は壁にもたれたまま微動しているだけだ。
好機を逃すまいと、真田は反撃を開始する。
まずは拳鍔で正拳突き。
次にもう一方の拳で間髪入れずストレート。
また、拳鍔で正拳突き。
とにかく拳を叩き込む。
真田は今唯一自分が使える攻撃手段である、拳による打撃でテラスを圧をかけていく。
――よし、このままっ!
テラスはかなりダメージを受けているようで、段々と抵抗する力が弱まっていっている。
畳みかけようと左腕を振りかぶった時、すさまじい轟音が真田耳を苦しませる。
一瞬怯むと、体に強い衝撃を感じた。
「――――かはっ」
気付いた時にはどこかの壁にもたれかかっており、背中に尋常じゃない痛みが蓄積していた。
血によって滲む視界で、前方を見る。テラスが直立し、こちらを獣のような目で見ている。
「クソ……まだ……まだ、やれる……」
真田は痛みに呻き苦しみながらも戦意を保っている。
だが、体は主人の命令を聞いてくれない。
攻撃の予備動作が見える。
――経験の差、あとは日頃から運動してないからか。
次攻撃をもろに食らえば、いくら治癒能力が高くとも致命傷になる。
真田はそれを理解しつつも、まだ諦めない。
死の直前まで、助かる方法を探していた。
「
聞き覚えのある声が聞こえた瞬間、掲げられたテラスの腕が吹き飛んだ。吹き飛んだ腕は真田の足元まで来て、少ししてから消滅した。
よろめきながら悶絶するテラスを他所に、真田は黒条を見る。
休息を取っていた黒条は、座った状態のまま弓剣を構えていたのだ。
「あんたの助けとかいらなかった。あんたがいなくても私だけで倒せたから」
強がりからか、そんな言葉が彼女の口から出てきた。
真田はその強い口調に、何故だか安心感を覚える。
「なら余裕をもって倒せるように俺も戦う。それでいい?」
「……」
不満気だが、ひとまずは承諾と言った反応を示してくる。
二人は繋いでいた互いの視線をテラスに送る。
腕を片方欠損。これなら、相手の戦闘力は大幅に落ちるはずだ――そんな真田の推測は、テラスを見ることで外れることになった。
腕が、少しずつ再生しているのだ。
「再生……してる」
「一部のテラスには、体を再生する能力がある」
ますます、昔テラスを倒せたことが疑問に思えてくる真田。
――今みたいな強い一撃を、もう一回ぶつけるしかないのか。
「倒す方法は、人間と同じ。心臓に相当する『
そういうことか、と真田は舌を鳴らす。昔テラスを倒せたのも、偶然コアに攻撃を当てられたと考えれば納得がいく。
「さっきのやつ、次はコアにお願いしていい?」
まだ体は痛むが、動けないわけではない。
立ち上がり、黒条とコミュニケーションを取る。
「命令しないで。私の
黒条の話の途中で、突如として強い衝撃伝わってきた。
テラスが、教室の壁を突き破って校庭に出たのだ。
校庭に出たテラスは、二人から逃げるように走っている。
差し込んできた夕日の中、呆然と立ち尽くす黒条に対し、真田は迷いなく走り出し、校庭に向けて跳躍した。
黒条の驚くような顔を、真田は見ていない。地面に着地した後、何事もなかったかのようにそのままテラスを追いかける。
――脚が軽い。
真田はグングン速度を伸ばしていく。テラスの速度も中々だったが、時間が経つにつれ真田の速度はテラスを上回っていく。
その速度を乗せ、真田はテラスの腕を殴りつける。東雲がやったように、腕を粉砕させることに成功する。
真田はテラスの正面から、立て続けに攻撃を仕掛ける。
――少しずつ、テラスの戦力を削る! 再生能力があると言っても、速さはそれほどでもない!
全体重を乗せた一撃をもう一度浴びせ、もう一方の腕も破壊した。
攻撃手段がなくなったテラスは突進してくる。
真田はそれを避けず、真正面から胴体に向かって拳を突き出す。
全力に近い一撃だったが、弾かれた感覚を覚える。テラスの胴の硬度はその他よりも異常に高いのだ。
だが相手も真田の一撃によって後退し、攻撃の手を緩めている。
――このまま、倒すッ!
真田は黒条がやったように、武器に力を溜める姿勢を取った。
すると、真田の拳鍔に赤い光が収束していく。
時間が経過するごとに、その光は厚みを増す。
動き出すテラスを見て、真田も同時に動き出す。
――腕はまだない。今回もただのタックルだ。
瞬間、武器に溜めた力を解き放った。
打撃によって放たれた一撃は、テラスの胸部に命中する。今までのとは比べ物にはならないほど凄まじい威力だ。その証拠に、硬度の高い胴体に凹みができている。
だが、コアを破壊するには至っていない。寸前までは行けているが、壊せてはいない。
もう一度溜め直すか――そう考える真田に、テラスは悪魔のような方向をしながら、圧倒的なパワーで体を押し付ける。
押し込まれた真田は転倒し、テラスに上を取られてしまう。
すかさず反撃するが、仰向けの状態ではうまく力が入らず、テラスを退かせるほどの威力は出なかった。
――腕が……再生して――。
腕で防御する間もない。
掲げられた腕が胴体に叩きつけられ、鈍痛が走った。
「か……ぁ……」
声にならない声が出る。
意識が飛びそうになる真田。視界が幾度となく揺れる。
何とか持ちこたえた後、続けて来た攻撃を腕で防御するが、その腕をも突き抜ける衝撃が真田に伝わる。
一発ではなく、何発も。
――ヤバい、これは……ヤバい。
真田は今にも意識が消沈しそうになっていた。
「――――強射!」
叫び声、放たれた矢がテラスめがけて飛行する。
命中部位は胸。コアを正確に打ち抜いていた。
露出したコアに亀裂が入るが、まだ破壊には至っていない。
真田は薄れゆく意識の中で、振り絞るように拳を振るい、テラスを退かせる。
コアに亀裂が入り、さらにそこに追撃を貰ったことで、今までになく声を張っている。テラスの生存本能だろう。
立ち上がった真田は、満身創痍ながらも、決して折れはしていなかった。
――俺が……倒す。
拳を作り、乱れた息を整える。
テラスとの一騎討ち。
相手の出方を伺いつつも、隙を見せたらいつでも攻撃できるようしておく。
露出したテラスのコアを見る。コアは再生しないようだ。ただ胴体部分は再生するようで、露出していたコアが隠れそうになっている。
倒すなら――今しかない。
「う……ぁぁぁぁぁ!!!!」
全身から力を絞り出すように、叫びつつ突貫。
対して、テラスも獣のような咆哮で突貫。
繰り出される拳を寸前で避け、真田は決死の一撃をテラスに加える。
すると隠れかけていたコアが再び露出。
そこからはもう考えることなく、ただひたすらにコアに拳を叩き込み続ける。
全身が痛い。
もう自分に意識があるかすらわからない、曖昧な感覚。
それでも真田は拳を振り抜く。
テラスから反撃を貰おうとも、攻撃の手を緩めることはなかった。
そうして何度も何度も攻撃して――ついに、テラスのコアを砕くことに成功する。
パキ、とガラスのような音を立て、飛散するコアの欠片がうっすらと見えた。
やがてテラスはその肉体を塵のようにして霧散し消えていく。
そしてテラスで覆われていた夕日が、真田の全身を照らす。
「……勝、った」
果てしない満足感に包まれる真田。
しかしもうその体に力は残っておらず、勝ったと理解するとすぐにその場で崩れ落ちた。
もうほぼ意識はない。眠気にも近い感覚の中で、誰かが自分を呼んでいる気がした。
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