大一大万大吉!

夢幻の如く

序章:傾き始めた天下の天秤

慶長五年(1600年)の夏。豊臣秀吉がこの世を去ってから、わずか二年足らず。天下は、まるで嵐の前の静けさのように、不穏な空気に満ちていた。秀吉が一代で築き上げた太平の夢は、まるで砂上の楼閣のように脆く、その土台は音を立てて崩れ始めていた。すべての震源は、五大老筆頭、徳川家康の専横にあった。彼は秀吉の遺言を嘲笑うかのように、豊臣家の権威を削り取り、着々と己の勢力を伸張させていた。


伏見城の一室で、石田三成は深夜まで一人、重苦しい空気に包まれていた。障子の外は漆黒の闇に包まれ、提灯の明かりだけが、彼の険しい表情を浮かび上がらせる。机上には、各地から届く家康の動向を記した書状が山と積まれていた。その一つ一つが、三成の胸に深い鉛の塊を置いていく。


「太閤殿下は、この天下を儂に、そして秀頼様に託されたはず……。しかし、家康め、殿下の御子たる秀頼様をないがしろにし、己の野望のみを追求しておる。このままでは、豊臣家の御恩が地に落ちるばかりか、再び乱世の業火が天下を覆い尽くすであろう。断じて、許すわけにはいかぬ!」


三成は固く拳を握りしめ、机を叩いた。その音は、決意の響きでもあった。彼にとって、この戦いは個人の怨恨ではない。秀吉への揺るぎない忠誠心、そして何よりも、乱れた世を正し、秀吉が理想とした泰平の世を守るための、避けては通れぬ大義の戦であった。彼の心には、清廉な理想と、それを実現するための覚悟が宿っていた。しかし、天下を二分するこの一大決戦には、自身の家紋だけでは足りなかった。もっと多くの人々の心に響き、誰もが掲げられるような、普遍的な旗印が必要だと三成は痛感していた。それは、ただの紋章ではなく、西軍の士気を高め、大義を明確に示すための、精神的な支柱となるべきものであった。

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