抗1 変身

 その日、教室は色めき立った。


 普段は大人しかった窓際の地味な所謂『無キャ』の生徒───名前だけ矢鱈自己主張が強い───が、大変身を遂げて登校してきていたのだから。


 彼の名前は、卍綺羅星まんじきらぼしまんじが苗字で、綺羅星きらぼしが名前という、ちょっと変わった名前を持つ以外は至って平凡で、全く目立たないタイプの生徒だった。


 昨日までは。


 どうしたことか、卍綺羅星。なんと本日女装で登校。それも滅茶苦茶可愛くて似合っている。女子には気づいた者もいるが、バレない程度の自然なネイルまで施している。なんというかこう、『こなれて』いる。とても一朝一夕の見よう見真似とは思えない。


 確かに。彼は元々線が細く、中性的な顔立ちをしてはいた。だからこの変化も、実際にまざまざと見せつけられてみれば然もありなん。非常に意外ではあったが、なるほど『やられてみれば』納得がいく変身であったと言えようか。


 女装と言ってもスラックスを履いており、全体的に校則に触れないかつ校則の穴を突く様なコーディネートに仕上がっており、クオリティは高かった。そんなものだから、登校してきた生徒達ははじめ、彼が卍綺羅星その人であるとはすぐには気づけない程だった。


 そう。卍綺羅星は一番に登校してきていたので、クラス中の全ての生徒が彼が机に座して自習をしている姿しかまだ見ていない。皆が集まっているクラスにガラガラおっはよ〜と突然彼が現れた訳ではないのである。


 卍綺羅星は依然として自習に励むばかりだ。周りの目なんて到底気にならないといわんばかりに。或いは周りを目に入れない為にそうしているのだろうか。そう邪推することもできたが、どうにもそういう感じを醸し出してはいなかった。彼の雰囲気は泰然として、非常に平静であった。


 今日に限らず、卍綺羅星は人を寄せ付けないオーラを纏っていた。というよりも、昨日までの卍綺羅星は人に関心を持たれない才能があった。いや、それも正確ではない。正しくはきっと、人の関心や興味を惹くが、あしらってのらりくらりと躱し、煙に巻くのが上手かった、といったところだろう。逃げ上手だし、実際逃げるのだ。


 それだから……。懇意にしている同窓などは勿論居らず、クラスのお調子者やムードメイカー、何も気にせん陽キャさんでさえも、今に至るまで変身した彼に話しかける事が出来ずにいた。


 その膠着が続いてもう、どれほどになるか。思い思いのこそこそ話でざわめく教室に、彼は現れた。


「はいおはよ〜お前らぁ……さて、と。今日も暑いなぁ」


 彼は教卓まで歩いて行ってから小脇に抱えていたバインダーやらファイルらしきもの、何かの冊子などをそこに置きつつ言い、教室を見回して、『それ』に気づいて固まった。


「……誰だお前」


 そう、担任の教師が、口火を切ったのだった。

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卍綺羅星の抗社会生活 心夢宇宙 @kokoroyume-iesora

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