「あなた、今ちょっとした有名人なのよ」
昨日の焼き直しのように校内をうろついているが、所詮焼き直しなので候補が見つかるわけもなく。フィオナはフィオナで「あたしは用事があるから」なんて言って放課後になるとさっさとどこかへ行ってしまったし。
どうしようかな……。見つからないまでも、探しました感を出すくらいはしないとフィオナも怒りそうだしな。かと言ってアテがあるわけでもないし。
うーん……んー……いやぁ……。
悩んでもしょうがないのはわかってるんだけどなぁ。
手当たり次第に声でもかけてみるか? いや、でもなぁ。
手詰まり。その言葉がぴったりくると個人的には思う。フィオナみたいに他人にズケズケ物を言える性格ではないのだ、俺は。
そんなことをうだうだ考えながら歩いていると、昨日ラドフォードとぶつかりそうになった場所を通り過ぎるところだった。
ここは他クラスの前の廊下で、昨日は割と遅い時間に通ったから人気は無かった。人気もなかったし、考え事もしてたからぶつかりそうになったんだが。
今日は比較的放課後すぐに通ったこともあり、教室の中にはちらほら人がいた。まあ知り合いなんてのは他クラスにはいないんだが。
なんとなく教室の中を眺める。明確な目的があるわけではない。手持ち無沙汰だったから眺めただけだ。
「あら? あなた……」
「うわっ」
ある意味ぼうっとしていた俺は、急に後ろから話しかけられてビクッと肩を震わせた。
「あ、ごめんなさいね。びっくりさせる気はなかったの」
「いや、すまん、俺の方こそ。話しかけられるとは思ってなくて」
後ろを振り返ると、士官学校の制服に身を包んだ女子生徒がいた。
青みがかった長い黒髪を一つにまとめた生真面目そうな女子生徒は、腕に書類を抱えて俺の方を見ていた。
「あなた、昨日ラドフォードさんと喋ってた人よね。私はレティーシャ・ハーディ。このクラスのクラス代表をしているの。あなたの名前は?」
流れるように自己紹介をしたレティーシャ・ハーディと名乗った女子生徒は、そのまま俺の名前を聞いてきた。――と思ったが「いや、やっぱりいいわ。私、あなたのこと知ってるもの」と言い直した。
「なんで俺のこと知ってるんだ?」
違うクラスの関わりの無い俺のことなんて普通知らないだろ。俺は少なくともハーディのことは知らなかったし、なんなら有名だって言われてたラドフォードのことだって知らなかったぞ。
「あなた、今ちょっとした有名人なのよ」
「……なんで?」
なんで俺が? 別になにかした覚えもないし、フィオナみたいにいろんなところに顔出したりしてるわけでもない。高等科の頃を知ってるやつが多少いるかな、くらいのもんだろう。それがなんで有名人なんだ?
「昨日、ラドフォードさんとお話してたでしょ? それを見てた人がうちのクラスにいてね。あの誰とも喋らないラドフォードさんが喋ってる! って今日うちのクラスだとちょっとした話題だったのよ」
「なんだそりゃ」
確かにテレンスたちがラドフォードは喋らない的なことを言っていたが、ちょっと喋ってるところを見たってくらいで話題になるとは。
まあ、普段喋らない美少女が喋ったってだけで騒げるのは思春期男子の特権みたいなもんか。
「どうやって喋りかけたのとか、どんな話題なら喋ってくれるのかとか、私としても聞いてみたいことがあったりするのよ? ラドフォードさん、私が話しかけても返してくれないんだもの」
「そりゃまた、難儀なことで。かと言って、俺も別に会話らしい会話はしてないしな」
「そうなの? でも、返事をしてくれるってだけですごいことなのよ?」
「それはちょっと聞いた。俺の幼馴染以外にも不思議なやつがいたもんだなって思ったりもしたし」
「あなたの幼馴染?」
少し首を傾けて聞いてくるハーディ。生真面目な雰囲気だが、明るい声音とそういった仕草が会話をしやすくさせている気がする。
「ああ。フィオナ・アインスタインっていうんだけど」
そう言うと、ハーディは納得がいったような顔をした。
「アインスタインさんね。学校の倶楽部に全部体験入部した新入生がいるって話題になってたわ。アインスタインさんのことを知ってる人に聞いたら、いろいろやらかしちゃってる子だって言ってたわ。そのアインスタインさんが幼なじみなのね」
「あいつ、話題になってたのか……」
「そうよ。国軍肝いりの特待生。将来のキャリアが約束されてる優等生って話もあるし、それと同時に手の着けられない問題児だったって話もあったわ。この学校に入ってからは問題らしい問題は起こしてないみたいだけど」
「そうだな。ま、ラドフォードもそいつと同じくらい変なやつだなって思ったんだが」
俺がそう言うと、ハーディは今思い出したとでも言うように教室の中を見た。
「そうそう、今日はラドフォードさんに用事かしら? 話題の人の姿が見えたから思わず話しかけちゃったけど、邪魔しちゃったかしら」
「いや、特に用事があってここに来たわけじゃないから別にいいんだが」
「でも、せっかくだし呼んできてあげましょうか?」
そう言われて俺も教室の中に視線を戻す。さっきはなんとなしに見ていただけだったから気づかなかったが、よく見ると窓際の一番後ろの席にラドフォードが座っていた。本を呼んでいるのだろうか、手元には文庫本サイズの本を持っていて、窓から注がれる夕日に照らされたその姿は瞳と同じく、人形のように見えた。
「話しかけても返事をしてくれないんじゃなかったのか?」
「返事はしてくれなくても、話は聞いてくれてるのよ」
そう言うと、ハーディは俺の返事を待たずに教室に入ると、自分の席らしきところに書類を置いてからラドフォードに話しかけた。
二言三言くらい何かを話しかけただろうか。文庫本に注がれていた視線が不意に上がると、教室の外に突っ立ったままだった俺の方に向いた。
呼ばれても、別に話があるわけでもないし困るんだが。
なんて俺の内心は当然相手に届くはずもない。だいたい誰とも喋らないって言われてるんだから、呼んだってこないだろうとは思う。昨日のはたまたまだろう。偶然虫の居所が良かったとか、もしかしたら今読んでる文庫本の発売日で、それが読めるのが楽しみでテンションが上がっていたのかもしれん。知らんけど。
来ないだろうな、という俺の予想をよそに、ラドフォードは文庫本をしまって立ち上がると、俺の方に向かって歩いてきた。
ラドフォードが動き出したのを目で追っている教室に残っていたクラスメイトを気にする風もなく、ラドフォードは俺の目の前まで来るとそのガラス玉のように無機質な瞳を俺に向けた。
「……」
呼ばれても特に喋ることもないし、かと言って向こうからなにか話しかけてくるわけでもないし。まあ相手からしたら俺が呼び出したみたいになってるから当然といえば当然なんだが。
「……」
「……」
お互い無言の時間が過ぎる。ラドフォードの後ろをついてきていたハーディは何故かニコニコ顔でこっちを見るだけで何も言わないし。
どうしたらいいんだこれ……。このクラスの人たちもめちゃくちゃ見てきてるし。まあそこはそう感じるだけかもしれないが。
気まずい。
別に用事はないんだが、なんて本当のことを言うのも何となく憚れる気もする。ラドフォードに対して悪いというか。俺が呼び出したわけじゃないんだけどさ。ラドフォード的には俺が呼び出したことになってるんだろうし。
「あー……なんというか」
なんとか何かを言おうとして口を開いたが、それ以上の言葉が出てこない。
徐々になにか言わなきゃな、という焦りの気持ちが生まれてくる。
と、同時に、そういえばラドフォードはフィオナのこと知ってる様子だったな、と思い返す。
「俺達の部隊に入らないか?」
思い返したのと、焦っていた気持ちが合わさったのとで、気づけば俺はそんなことを口にしていた。
いやいや、何言ってんだ俺。こんな昨日初めて知ったような同級生に言うことじゃないだろ。いやまあ、初めて知ったような同級生とかにしか頼めない状況でもあるんだけどさ。それに誘ったところで頷くはずがない。
焦って変なことを言ってしまったと瞬時に理解して「すまん、今のは忘れてくれ」と言おうとしたところで――
「わかった」
「――は?」
ラドフォードが頷きとともにそんな返事を返してきた。
いや、え……なんで?
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