第19話 家族写真

 昨日の宴会の終盤は僕と結衣さんの間には大きな障壁が立ちはだかり、恥ずかしさから顔と顔を合わせて話すことがなく、結衣さんと距離が適度に取れてよかったのだが...。

 一晩休み、翌日の朝になると結衣さんの距離感が今まで以上に妙に近くなり、僕がテレビを占領しswitchを起動させると当然のように結衣さんが僕の隣に、肩が触れ合うほどの距離に座り、コントローラーを勝手に取り出していた。

 「...」

 「...」

 結衣さんの行動に愕然としていると、結衣さんは僕と目が合ったことで少し恥ずかしそうに横髪で壁を作るが、コントローラーからは手を放さず僕の隣に座り続け、慣れた手つきで僕のコントローラーを操作してスマブラでプレイ人数を追加とキャラの選択を終え、僕のキャラ選択を待っていた。

 「...結衣さん、今日は勉強はいいんですか」

 「ぅ、うん。今日は日曜だからお休み。ジンちゃん口調戻ってるよ」

 「...」

 「それから『結衣さん』じゃなくて、『お姉ちゃん』だからね」

 結衣さんにこれ以上話しかけられないためにキャラを適当に選び対戦を始めた。

 大戦が始まると結衣さんは真剣な眼差しに変わり、口を閉じテレビを凝視した。

 「ぇ、なんで、...押してるじゃん!うそ、いやぁああぁ!」

 僕は最近、僕がしているからという理由で始めたばかりの結衣さんに一切の手加減を掛けず、結論から言えば、僕は一回も落とされることなく結衣さんを3回連続で飛ばした。

 結衣さんは大戦が始まってから一向に決まらない攻撃と、何もできない内に飛ばされることに終始声を上げ、キャラの選択画面に戻ってからは一方的な結果に魂が抜けたようにコントローラーを一切操作しなかった。

 戦っているときは、今まで苦労させられていることに対しての仕返しとまでは言わないが、現実では絶対にできない結衣さんへの攻撃を僕に代わってキャラが代弁してくれているようで、心がスカッと晴れやかになった。

 しかし、対戦が終わると今更ながら初心者相手に大人げないことをしたなと思い、少し手加減して初めの方に結衣さんに気持ちよく勝たせておけばよかったと罪悪感が芽生えた。

 「ゆ、ゆいさん、これは...その、つい」

 「ひぐっ...ジンちゃん、ここまで徹底的にしなくてもいいのに」

 「ぇっと、結衣さん?」

 弁明しようとしていると、結衣さんは何もできずに負けてしまったことが余程悔しかったのか泣き出してしまい、間違ってはいないのだが、傍から誰が見ても僕が結衣さんを泣かせたように見えてしまった。

 これを誰かに見られた場合僕の立場が非常にまずいことになりかねず、慌てて結衣さんの機嫌を伺わなくてはいけなくなり、本当に手加減しなかったことを悔やむ事になった。

 「ジンちゃん、ひどい。まだ私初心者なのに、ひどいよ」

 人は『酷い』と言われると何か酷いことをしたと思うもので、心理学でいうバーナム効果であると『かぐや様』を読んで知識としてはあったが、今回は直前にスマブラで僕がスカッとするために、結衣さんに手も足も出さない程にボコボコにしたことが仇となった。

 本当に何も心当たりがない場合はたとえ目撃されたとしても茉衣さんなり、おばさんなりに僕に非がないことをいくらでも説明できる自信はあったが、今回は誰が聞いても僕に責任があるという判決が下されるはずだ。

 出来心で結衣さんへの鬱憤を晴らしたことが返ってストレスが溜まることになり、一時の感情に任せて行動すると痛い目に合うことを身をもって体験した。

 「あれ、結衣がゲームしてるわ。珍しいこともあったのね」

 「おばさん...」

 「成人君とゲームしてたのね、仲良しなようで嬉しいわ。これから写真撮るから制服着て玄関の前に来て、入学式の日に取りたいけど明日は曇りの予報だから写真撮りたいのよ」

 おばさんはリビングに顔を少し覗かせただけですぐに部屋に戻っていったことで、結衣さんが泣いていることに気が付かなかったことに胸を撫で下ろすが、動こうとしない結衣さんを見ておばさんや茉衣さんに僕がしたことを暴露される未来が着実に近づき、一層僕の心が荒んでいくように感じた。

 おばさんに言われたとおりに制服に着替えようと立ち上がるが結衣さんは全く動こうとはせず、立ち上がった僕の服の裾を指先で掴み、僕と結衣さんの間に沈黙が流れた。

 「成人君、結衣、早く着替えて出て来てよ」

 沈黙を破るようにおばさんの声が家の中に響き、結衣さんに服の裾を掴まれて動けない状態の僕は板挟み状態だった。

 「結衣さん、早く着替えないと」

 「結衣」

 「ぇ?」

 「私の事をこれから『結衣』って呼んでくれたら許してあげる」

 いつの間に僕が悪いことになり、許されなければならない立場になったのだろうか。

 僕の記憶が確かならば、結衣さんがゲームに乱入し、僕は手加減せずに相手をしただけだが、これは僕が完全に悪いのだろうか。

 「...」

 余りにも理不尽な発言に立ち尽くしていると、結衣さんは僕の服の裾を強く引っ張り『姉さん』ではない呼び方を催促した。

 「ジンちゃんは全然『姉さん』って呼んでくれないなら、これから彼氏っぽく『結衣』て呼んで」

 「...」

 「ジンちゃん?」

 「早くいかないと、おばさんが怒るかも」

 「だったら、早く呼ばないとね」

 「...」

 結衣さんは僕を困らせて楽しいのか、先ほどは両目を手で覆い声を出して泣いていたというのに、今は僕の顔を見上げニヤニヤと笑みを浮かべ、服の端を掴んでいた手はいつの間にか僕を逃がさないために手を握られていた。

 この状況を打開するためには、結衣さんの名前を彼氏のように呼ばないといけないと言うとんでもない条件が課せられ、言葉にすると結衣さんの名前を呼べばいいだけで、なんてことない話だが、結衣さんの名前を呼ぶことで自他ともに結衣さんが彼女であるということを認めてしまうことになりかねず、僕の心の中で決めた最終防衛ラインが瓦解寸前だった。

 「ジンちゃん、早く呼んでくれないと母さんが怒っちゃうよ。ジンちゃんは知らないと思うけど、母さんが怒ったらとっても怖いんだから」

 「...ね、姉さん、早くよ」

 「これから、私のことを『姉さん』って呼ぶことを約束できる?約束できるなら、許して離してあげる」

 「約束、します」

 「絶対だからね、約束したからね」

 結衣さんは僕に『姉さん』と呼ばせることを約束させること自体が目的だったようで、初めは要求が通れば御の字のハードルの高い要求を行い、僕が妥協点の呼び方をすると『半永続的』という条件が加えられて元々あった要求を吞まされてしまった。

 結衣さんは僕に約束させると何事もなかったのようにそそくさとリビングから出ていき、残された僕はおばさんの語尾が気持ち強くなった再三の催促に慌ててリビングから飛び出し、自分の部屋に向かい段ボールの中からガーメントバックに入ったブレザーを取り出し、採寸以来見ることのなかったのブレザーの袖に腕を通した。


 制服を着て急いで玄関へ出るが、段ボールの中から制服を取り出していた時間があったせいで、皆は軒下で僕を待っており結衣さんと茉衣さんは形は異なるがセーラー服に身を包み、おばさんとおじさんはいい値段がしそうな服を着ていた。

 「ジンちゃん遅いよ、早く着て」

 一体誰のせいで遅くなったのか原因は明らかだが、僕に面と向かって物申す勇気はなく、家の仲と外の光量の違いに一瞬目に僅かな痛みを覚えながら玄関の扉を閉め急いで合流した。

 「あれ?高見高校の制服ってそんなブレザーだったっけ?」

 「左胸に付いている校章どこの?見たことないけど」

 合流して開口一番の言葉が僕のブレザーを疑う言葉で、結衣さんと茉衣さんが僕のブレザーを見て訝し気な表情をしいた。

 もし、僕が着ているから『ネットで見たブレザーと違う』とでも言っているのだとしたら、僕に一体何をしろと言うのだろうか、日ごろから結衣さんの監視の下、魔改造計画はカメの歩調並みに遅いが着実に進行しており、これ以上『特訓』という名のメニュー表に項目が書き加えられるのであれば、ものすごく恐ろしいがここで直談判をする決意を決めなくてはならない。

 「うん、確かに成人君の制服は見たことないね」

 「もしかして、姉さんは転校する前の高校の制服を作って、高見高校の制服を忘れていたんじゃ...」

 「...これ、高見高校の制服じゃないんですか?」

 要約状況を飲み込んだ僕は、スマホで高見高校の制服を検索すると今着ている紺のベストではなくグレーのベストで、ネクタイも赤色系ではなく黒に近い紺色で、スラックスも全く色が違った。

 「入学式って明日だったよね、今から学校に言ったとして間に合うかしら」

 「今日は日曜日だから難しいかもしれないね。結衣の制服が出来るまでに1週間かかったし、すぐにはできないだろうね」

 一人だけ制服が違うと明らかに目立つ、さらに結衣さんの彼氏と言うことになっていてバレた時に、過去に玉砕した人が高見高校を受験したそうなので、その人達がクラスにいれば悪目立ちしている僕はさらに浮いた存在になってしまうことが容易に想像できてしまう。

 そうなれば、虐められるルートの確立がぐっと上がってしまい...。

 「おじさん...どうすれば...」

 「とりあえず淳平君に連絡入れて、学年主任の先生に事情を伝えてもらおう」

 顔を真っ青にしながら近くにいたおじさんの顔を見ると、おじさんは取り乱し血の気が引きふらつく僕の肩を掴み、僕を落ち着かせようと優しい言葉で僕に語り掛け、結衣さんは僕の背中を擦り落ち着かせようとしていた。



 僕は明日から始まる高校が物凄く憂鬱で、入学式初日から仮病で休みたかったがそれはそれで目立つことになり、結衣さん関連の問題を持っているため極力目立ちたくない僕にとっては、絶対にとってはならない選択肢だった。

 「ジンちゃん、大丈夫?」

 「大丈夫...じゃ、ない」

 「今日分かっただけでも良かったじゃん。お父さんが高岡先生に連絡とって、学年主任の人からジンちゃんの事情を考慮して制服が違うくてもいいってことになったんだし」

 家族写真はとりあえず取り終え、ショックのあまり写真を撮り終えると倒れ込む勢いで座り込み、見かねたおじさんやおばさんは何故か結衣さんに僕の介抱を任され、結衣さんに手を引かれて家の中に戻り椅子に座らされていた。

 そして、結衣さんは僕の対面に椅子を設置して座り、冷たくなった僕の手を握りながら僕を励ますような言葉を掛け、心配そうな面持ちで僕の顔を見ていた。

 そこまで僕に気を使ってくれるならば、僕が高校に行きたくない理由の大きな割合を占める、結衣さんと付き合っていることがこれ以上他の人に知られる前に分かれて欲しかった。

 ...結衣さんが怖くて冗談でも言える訳はないが。

 「それに、制服姿のジンちゃん格好良かったよ。ジンちゃんが違う高校の制服を着る期間は、高見高校の制服が届く間の少しの間だし、着れる内に着ておく方がいいよ」

 「...」

 「ジンちゃん元気出して」

 結衣さんは僕の気も知らずに俯く僕の顔を上げた後、僕の首に手を伸ばし、僕の首に手を回した。

 「うん、これでよし!一回ネクタイを締めてみたかったんだ、初めてでちょっと不格好だけど許してね」

 結衣さんは僕の緩ませていたネクタイを締め直しネクタイの長さが妙に長かったが、結衣さんはネクタイを締める経験を初めて行えたことにご満悦のようで、嬉しそうに笑みを浮かべながら僕の横に並びながらスマホを取り出し、手を大きく伸ばして僕と結衣さんがいい位置に来るように調整し、結衣さんのスマホの中に僕の制服姿と結衣さんのセーラー服姿がデータとして残された。

 「茉衣を呼んでくるからまだ制服脱がないでね」

 結衣さんは僕に言葉を残してリビングから出ていき、嬉しそうな軽やかな足取りがリビングの外から聞こえ、鼻歌が聞こえてきそうなほど嬉しそうな雰囲気が足取りから伝わってきた。

 結衣さんに呼ばれた茉衣さんは、結衣さんに強引にカメラのフレーム内に入れられ、子供での家族写真...親族写真が結衣さんのフォトデータとして記録され、僕と茉衣さんのLINEに今日取られた写真が送られてきた。

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オタクと非オタは釣り合はない なんでふ @nanndehu

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