月闇夜

祐里

 私も、猫のことは存じております。愛らしい、美しいと褒めそやされていた白い雄猫のことでございましょう。飼い主、ええ、ミヨさんも、ハイカラな恰好なぞしておりませんでも美しい人でございました。

 私は、ただの……下足番、でございました。


 あれから十八年が経ちました。くだんの料亭は、その後すぐに廃業になりました。

 暮らし向きの豊かな方々が多くいらっしゃいましたが、上客であった御仁は、満州へ渡られたと聞いております。一度お見えになったことのある、ええと、酔った連れのお方が仙次郎せんじろうと呼んで……ああ、犬養いぬかい様、あの御仁は先月襲撃されてしまいました。

 銀座という立地で、目まぐるしく移りゆく時代の流れについていくのは難儀なことと存じます。廃業したのも詮無きことであったのでしょう。

 ええ、左様で……特に世相に関しない私などは、旧弊人きゅうへいじん揶揄やゆされることもございますよ。どうにか生きてはおりますが。


 どこぞの資産家のように無闇に威張るつもりはございません。ですが、斯様かようにお調べになったところで、何になるとおっしゃるのでしょう。いいえ、私が知っていることをお話しするのは、全く構いませんよ。


 風が出てまいりましたね。私があの事件ともいえぬ出来事に居合わせたのは、ちょうどこのように、風に吹かれた雲が月を隠す夜でございました。

 猫は長生きすると化けると言われております。今頃どこぞの御納戸おなんどに仕舞われている行灯あんどんの油を舐めているやもしれませぬ――

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