般若を背負いし渡世人、異世界でオーガの童女を拾う

椒央スミカ

第1章 般若と鬼子

第01話 鬼男・山利根雫

「……酒場を荒らした夜盗連中。しけこんでるならあの小屋……か」


 明るめの三日月が、雲の向こうに見え隠れする真夜中。

 だだっ広い牧場の中に建つ、丸太を組み合わせた無骨なログハウス。

 ちょいとした居住スペースがある馬小屋……って、牧場主言ってたな。

 ……ん、小屋の端々から焚火たきびの明かりがゆらゆら漏れてる。

 ビンゴだ。

 聞いた話じゃあ、夜盗の数は七、八人。

 だったら──。


「……やっぱ、正面から突入だな」


 馬小屋ってことは、人間様以外にお馬様の出入り口もある。

 窓だってある。

 こちらが大勢で押し掛けたり、火でも放ったりしちゃあ、奴らは散り散りに闇夜へと逃げ出す。

 夜の闇は夜盗のフィールド。

 捕まえられるのは、せいぜい二、三人。

 用心棒稼業としちゃあ、そいつは面白くねぇ。

 悪い輩は一網打尽でなきゃ、な。

 それに小屋や馬を焼いたら、牧場主が大迷惑。

 素人衆にはできる限り迷惑をかけねぇ。

 俺がへ来る前からの鉄則、不文律。

 だからこの場の正解は……これよっ!


「せーのっ! ヤクザ・キィーック!」


 馬小屋の板張りの扉を、正面から景気よく蹴り飛ばす!

 はやっぱ、真っ向勝負だよなぁ!


 ──ドガッ……バアアアァンッ!


 二つある蝶番ちょうつがいの一つを外しつつ、派手に開く扉。

 思ったとおり、扉の内側にかんぬきはなし。

 盗みの集団は、逃げ道を一つでも多く確保しておくのが習性。

 それはここでも、令和の日本でも変わりない。

 ましてこういう籠城戦に向かない小屋で、鍵を掛けるなんて愚の骨頂だ。

 ……おうおう、ぞろりと中に揃ってやがるな。

 悪いツラがよ。


「なっ……追手か!?」

「一人かっ!?」

「す……素手かっ!?」


 藁を座布団にして焚火を囲っていた夜盗ども。

 一斉に立ち上がり、こちらを凝視して身構える。

 中には瞬時にナイフを抜いてる奴も。

 さすがに機敏、そして目ざとい。

 俺が単独行動、素手だってことを一見で把握した。

 その間にこちらは、ずずい……と小屋の中へ──。


「……感心しねぇなあ。空気が乾燥してるこの時期に、干し草だらけの丸太小屋で焚火たぁ。迷惑キャンパーってやつか?」


「てめぇ……なにモンだっ!? 警察サツかっ!?」


「いいや。夜回り中の、真面目な消防団員だ。不審火を消しに来たぜ」


 丸っきりの嘘じゃあねぇ。

 俺みたいなヤクザ者は江戸時代、火消しも担っていた。

 もっともには、けどな。

 ……おっと、さっそく襲ってきやがった。


「殺せっ! 警察サツにチクられたら面倒だっ!」

「囲め囲めっ! 小屋から出すなよっ!」

「こいつ、ナリはでけぇが丸腰だ! 楽勝っ!」


 ……ほらな。

 一人で突入すりゃあ、わざわざ向こうから狭い小屋ン中で戦ってくれる。

 追い掛け回す手間が省ける。

 おまけに連中、素手喧嘩ステゴロも知らないときてる。

 そして野郎おとこの平均身長は、令和の日本より全然低い。

 フィジカルでも知識でも、絶対的に優位な俺は……。

 えーっと………あ、そうそう。

 チート……ってやつ?


「死ねえええっ!」


 ナイフを水平に振ってきた、夜盗の一人。

 その刃先を、半身を引いて余裕を持ってかわし、手刀で反撃。

 相手の手首を強かに叩き、痺れさせた指からナイフを奪う。

 そしてその曇った刃先を見る──。


「……ああン? こりゃひでぇなまくらだな。ウサちゃんリンゴも作れやしねぇぞ?」


 後ろ手で、扉の向こうの闇夜へとナイフを放り捨てる。

 俺らヤクザもんは「短刀は振るモンじゃなく突くモン」だって、耳にタコができるほど教えられてきた。

 刃を水平に寝かせ、腕の曲げ伸ばしじゃあなく、全体重を柄から伝達し、肋骨あばらぼねの隙間目掛けてぶつかる。

 己の全身全霊を込めて放つ……だ。

 こっちの刃物は日本のと違って鍛えが甘すぎるから、扱い以前の話だが──。


「……ブンブン刃物振るチンピラにゃあ、拝ませるのももったいねぇが。山利根雫やまとね・しずく背中せなの鬼、悪事納めにとくと見ろぉ!」


 一番上のボタンだけ留めていたワイシャツを脱ぎ、上半身をはだける──。


「ひっ……!?」

「げえっ……!」

「お……オーガの……タトゥーかっ!?」


 俺の背中一面で真正面に睨みを利かす、青白い炎を纏った刺青いれずみの鬼……般若はんにゃ

 名のある彫り師に頼み込んで、背負しょわせてもらった宝物。

 こっちの世界じゃあ、鬼をオーガって呼ぶ。

 そのオーガって生き物は実際にいるらしいが、俺はまだ見たことねぇ。

 ま、それはさておいて……だ。


「さあさあ! クソ餓鬼ガキどもへの、お仕置きタイムだぁ!」

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