無限の鏡

坂倉蘭

見てるよ

 ある日のこと、大学生のハルトは古びた骨董店で奇妙な鏡を見つけた。


 黒い金属の枠に囲まれたその鏡は、表面がまるで液体のように揺らめいていた。


「この鏡は見る者の本当の姿を映すよ」


 と店の店主は不気味なニタァと笑みを浮かべたが、価格は驚くほど安かった。


 ハルトは興味本位で購入し、寮の部屋に持ち帰った。



 その夜に鏡の前に立ったハルトは、自分の顔が映るのを期待した。


 だが、鏡に映ったのは彼自身ではなかった。


 そこには見知らぬ男の顔があった。


 目が異様に大きく、口元が歪んだ笑みを浮かべている。


 ハルトが後ずさると鏡の中の男も同じ動きをした。


 だが、微妙に遅れる。


 まるで自分の動きを真似しているかのように。


「ただの錯覚だ」

 

と自分を落ち着かせハルトは鏡を布で覆った。


 だが、夜中にガサガサという音が部屋に響く、布が床に落ち鏡が再び露わになっていた。


 今度は鏡の中の男がハルトの部屋に立っているように見えた。


 ハルトが振り返ると誰もいない。


 だが、鏡を見ると男が一歩近づいてくる。


 翌日にハルトは鏡を捨てようとしたが、なぜかゴミ収集車がそれを拒否した。


「こんなもの、うちでは扱えない」と運転手は怯えた目で言った。


 仕方なくハルトは鏡を大学の研究室に持ち込み、物理学の教授に相談した。


 教授は興味津々で鏡を調べ始めたが突然叫び声を上げて、気を失った。


 教授の助手によると鏡を覗いた瞬間、教授は「無限の自分が分裂していく」と叫んだという。


 ハルトは鏡を破壊しようとハンマーで叩いたが、鏡は傷一つ付かなかった。


 代わりに叩くたびに、鏡の中の男が数を増やしていった。


 一人、二人、四人……無数の「男」が鏡の中でハルトを見つめ、笑い始めた。


 ハルトの心臓は恐怖で締め付けられたが、同時に奇妙な感覚が芽生えた。


 まるで、自分がその「男」たちと繋がっているような得も知れぬ感覚が...。


 その夜、ハルトは夢を見た。夢の中で彼は鏡の中に入り、無数の自分が並ぶ空間に立っていた。


 どの自分も微妙に異なる表情、異なる人生を生きていた。


 一人は血まみれのナイフを持ち、一人は泣きながら虚空を見つめ、一人は機械のような目でハルトを観察していた。


 そして、全員が同時に囁いた。


「お前は誰だ?」


 目が覚めたハルトは、自分の部屋が鏡で埋め尽くされていることに気づいた。


 壁、天井、床、すべてが鏡。


 どの鏡にも無数の「男」が映り、ハルトを見つめている。


 ハルトは叫びながら逃げようとしたが、ドアは鏡に変わっていた。


 鏡の中の男たちが一斉に手を伸ばし、ハルトを引きずり込んだ。



 次の瞬間、ハルトは骨董店の前に立っていた。


 手に、あの鏡を持っている。店主が笑いながら言う。


「おかえり。また買うかい?」


 ハルトは鏡を見た。


 そこには、彼の顔があった。


 だが、目が異様に大きく、口元が歪んだ笑みを浮かべている。


 ハルトは気づいた。自分が「本当のハルト」ではないことを。


 そして鏡の中の無数の自分が、本物のハルトを探していることを。


 鏡が割れ、物語は終わる。


 だが、読者の頭には疑問が残る。





 あなたが今見ている世界は、本当に「本物」なのか?

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無限の鏡 坂倉蘭 @kagurazaka-rin

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