第5話
コーノの分析報告に続いて、クリエイティブ担当のトールが口を開いた。今度は、実際にどんなコンテンツを配信するか――その具体案が示された。
アマガサ・コンサルティングは、特にインターネットを舞台にしたデジタル広告に強みを持つ会社だ。彼らが作るコンテンツには、いくつかの特徴的な手口がある。ここでは、アマガサ・コンサルティングのコンテンツの特徴を説明する。
アマガサ・コンサルティングが展開するコンテンツには、大きく分けて二つの種類がある。リズの言葉を借りれば、「雨が降っていると思わせるコンテンツ」(社会の危機感や不安を煽るコンテンツ)と「傘を宣伝するコンテンツ」(バイケン議員を解決策として提示するコンテンツ)だ。
「雨が降っていると思わせるコンテンツ」は、特定のアイデンティティ志向に基づいた感情を強く刺激し、不安や怒りを醸成するためのものだった。今回のプロジェクトでは、バスケン議員のターゲット層向けのコンテンツとして、例えば、「反リベラル」や「反移民」にカテゴライズされるコンテンツが含まれる。これは、バスケン議員の支持を集めるために不可欠な要素であり、アマガサ・コンサルティングはその手法を巧みに駆使した。
「反リベラル」のコンテンツとしては、環境問題、性的マイノリティに対する反感や憎悪、女性蔑視の感情を刺激するコンテンツがある。「反移民」のコンテンツとしては、移民排斥感情を煽るコンテンツがリストアップされた。これらは、ターゲット層のうち、「反リベラル」や「反リベラルかつ無思想主義的な層」のターゲット層を刺激して強い反応を引き出すのに有効と判断された。
ジャパリカでは、反リベラル感情、特に、男尊女卑思想が根強いため、ジェンダー問題への反発がターゲット全体に有効だと考えられていたようだ。なかでも、いわゆる「インセル」を含むターゲット層に対して「被害者ナラティブ」を結びつけるコンテンツが丁寧に設計された。
さらに、「反移民」のコンテンツは、特に「民主党支持の強硬保守層」に対して前面に押し出されることになる。例えば、デマ、フェイクニュースやミスリードによる情報操作を駆使して、「外国人労働者が多い工場地帯では治安が悪化している」といった虚偽の情報を大量に流布し、移民問題への不安を煽った。
なお、一般に、「反エスタブリッシュメント(反権力)」のコンテンツもアイデンティティ志向を刺激するコンテンツとして有効だと考えられているが、アマガサ・コンサルティングの見解では、ジャパリカ国民は権威主義的傾向が強く、権力に従順で、権力者による搾取もそれは正当あるいは妥当という結論に至る認知バイアスがあるなど、単純な反権力訴求はあまり有効ではないと判断されている。むしろ、権威主義的傾向は、勝ち馬に乗りたいという発想に繋がりやすいため、「反権力」的なメッセージを押し出すよりも、バスケン議員がハイクラスのエリートであるとか、経営者などのいわゆる「成功者」と関係性があるという見せ方によって、バスケン議員が勝ち組であると演出する路線が選ばれた。
また、後者の「傘を宣伝するコンテンツ」は、バスケン議員の知名度を高め、バスケン議員のイメージを肯定的に形成することを目的とする。たとえば、バスケン議員の人柄やスタンス、政策を紹介する動画やSNS投稿、オンライン番組への出演などが含まれる。ターゲット層の分類ごとに、反リベラルの議員としてのバスケン議員か、イデオロギー色の薄い実務家としてのバスケン議員か、あるいは、両方か、いずれかのイメージを植え付けるようにコンテンツは設計されていた。
また、バスケン議員の主張の本質である「反移民・反リベラル」といったイデオロギー色の強い政策を経営戦略的な視点に置き換えて語る手法を取り入れることでイデオロギー色を薄めた。これにより、潜在的に反リベラル感情を共有しつつもイデオロギーを嫌って「政治的中立」を自称する「反リベラルかつ無思想主義的な層」のターゲット層からの共感を獲得することに成功している。
また、バスケン議員が、既存の政治とは違うというイメージを印象づけるのも効果的だった。具体的には、SNSなどで「新しい」「斬新」「面白いことをしてくれそう」「政治が面白くなる」などと評価する投稿を流し続けた。
関係者への取材などで、大統領選までの間にアマガサ・コンサルティングが打った具体的な施策の内容が明らかになっている。例えば、保守派のYouTuberや、反リベラル系のコンテンツを扱うインフルエンサーとのコラボレーションを展開し、バスケン議員の露出をさらに拡大し、強硬保守層向けのリーチを強化した。
また、一方で、アマガサ・コンサルティングがフェイクニュースを投下して話題作りに成功すると、インプレッションを求める保守派のYouTuberなどがこれを拾い、彼らが独自の視点で「解説」することでさらなる拡散が促進されるという自然発生的な流れが生まれていた。特にこの時期、数年前に別の国で撮影された動画がジャパリカの治安悪化の証拠として拡散されたのは記憶に新しい。これにはフェイクであることを指摘する投稿もすぐに出てきたが、拡散力で負けていたり、そもそも反移民感情を肯定できれば、フェイクか否かはもはや関係がないという様相であった。
そして、バスケン議員のイメージ戦略として『保守』『反リベラル』のイメージとともに、『改革』『リーダー』『効率化』『合理的』というクリーンでスマートなイメージを持たせるコンテンツがいくつも提示された。特に効果的だったのが、男性視聴者が圧倒的多数を占めるネットのビジネスニュース番組だった。この番組は、経営者やビジネス関係者が登壇し、経済や社会問題について議論する形式をとっており、バスケン議員を「イデオロギー色の薄い、実務家的な改革者」として演出するのに最適だった。
アマガサ・コンサルティングは、出演に先立ち、バスケン議員に対して徹底したメディアトレーニングを施した。論理的に見せる話し方、効果的な詭弁の使い方、相手の反論を封じるための話術を徹底的に叩き込んだとのことだった。
これら2種類のコンテンツは、アマガサ・コンサルティングの内製やクラウドソーシングへの発注で大量に作られる。また、国内外にはフェイクニュースを拡散することで収益を上げているグループが存在していた。アマガサ・コンサルティングは彼らに情報を提供し、収益目当てのフェイクニュース産業を巻き込むことで、コンテンツの供給網をさらに強化した。
こうして、ネット上では「雨が降っていると思わせるコンテンツ」と「傘を売るコンテンツ」が同時に拡散され続ける。この流れがトレンドになると、ターゲット層は、バスケン議員が反リベラルや反移民の憎悪感情の受け皿になるように誘導されていくことになる。
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