平和のためのプロパガンダ
@kagikakukakumachine
第1話(プロローグ)
ジャパリカ国という小さな国で起こったある“事件“が世界的にも注目を集めた。ジャパリカはサーマシア大陸の極東に位置し、人口はおよそ1億人。いくつもの島々が点在する形で国土が広がり、独自の言語や文化が長い歴史の中で培われてきたという。一昔前には世界トップクラスの経済成長を遂げた。ときどき海外メディアなどで紹介される街の風景は、どこか近隣の島国を思わせる部分もあり、伝統的な祭りや工芸から最先端のテクノロジー企業までが入り交じる様子が“ジャパリカらしさ”として語られている。首都ノッポリスには国内外から企業が集まり、高層ビルのオフィス街が立ち並ぶ一方で、古くからの市場や職人街も点在している。経済発展と伝統文化が同居するこの都市は、海外からの投資や観光客も多く、街中の混雑は年々増しているそうだ。
ジャパリカにおける前々回の大統領選、当初は泡沫候補と目されていたバスケン議員が、鉄板ともいわれた現職のピンポン大統領を破って当選を果たしたという事実。この一件は、当初から多くの人々にとって「不可解な政治劇」と映っていた。首都ノッポリスをはじめ全国の有権者が驚きと戸惑いを隠せない中、やがて「実は裏であるコンサル会社が大きく関わっていたのではないか」という噂が拡散され始めた。このルポルタージュは、その噂の核心を探る取材の過程で得られた証言や資料をもとに、いかにしてバスケン議員が“予想外の大勝利”を収めるに至ったのか、その“事件”の全貌を浮き彫りにする試みである。
関係者を調べていくうちに浮上した企業名――「アマガサ・コンサルティング」。この企業は、政党の選挙支援やロビイング活動といった政治関連のコンサルティング事業を手がけている企業だ。そして、私はまず、アマガサ・コンサルティングでデータサイエンティストとして働いていたミヤ・アキナダ(以下、アキと呼ぶ)と接触をすることができた。
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私がアキと初めて会ったのは、ゲレス国郊外のビジネスホテルだった。まだこの“事件”を本格的に調べ始めたばかりのころ、アマガサ・コンサルティングの内部に通じる人物を探す中で、その名前にたどり着いた。もともと大学で研究者として活躍していたらしいが、いつの間にかアマガサ・コンサルティングのデータサイエンティストへ転身していたという。
「アキさんですよね。お会いできて光栄です。」
「ああ、どうも……。遅れてすみません。ここのホテルの場所が分かりづらくて…」
アキは取材申し込みに意外にあっさり応じてくれた。
外は涼しさの中に暑さを感じるような陽気で、湿気た風が窓から吹き込んでくる。ホテルの天井扇風機が回るだけの簡素な空間で、私たちは向かい合った。アキは薄手のシャツの袖をまくり上げ、隣に置いたノートパソコンをしきりに気にしながら、落ち着かなさそうにしていた。
アキは選挙データを扱うプロジェクトが過熱していた頃の話を断片的に話し始め、チームで開発したアルゴリズムなどのテクノロジーのすごさを楽しそうに語った。それは、にわかには信じがたい話だった。アキの話が本当であれば、明らかに選挙や民主主義の仕組み自体が根本から変わってしまうような話だった。一通り話し終えたあと、アキは「そろそろ戻らなきゃ」と言い残し、急ぎ足で店を出ていった。その背中を見送りながら、筆者は直感的に「これは普通の選挙コンサルの話じゃない」と感じ取ったのを覚えている。この日の取材を皮切りに、筆者はアキ本人の動向を追い、アキの勤務先であるアマガサ・コンサルティングの内情を詳しく調べていくことになる。
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