その翡翠き彷徨い【第22話 ミルグレン】

七海ポルカ

第1話

 かつてエデンの覇権を握った大国サンゴール末期の王家において、最も影の薄い王族と言っても過言ではない。

 後にサンゴール王家の系譜から、その一切を抹消されることになるメリクは言うに及ばないことだが、正真正銘の王の第一子でありながら、そしてこれほど周囲に華やかな人物を揃えながら、彼女自身の名がサンゴール王家の公文書に刻まれたのはその誕生の時のみであった。


 成人の儀はとうとう執り行われることはなかった。


 彼女の名を忘れ去ったまま、そののちサンゴール王家は滅亡してしまうからである。


 サンゴール王国第一王女ミルグレン・ティアナ。


 ――【光の王】と謳われたグインエル王の姫である。


 そして母はエデン全域に影響を及ぼした【はがねの女王】アミアカルバ、

 叔父に内外に恐るべき魔術師と呼ばれた【魔眼まがんの王子】リュティスを持つ。


 名も高らかなサンゴール王家の登場人物の中に、彼女の名は全くと言っていいほど出て来なかった。

 もともと王女に対しての認定が薄いサンゴール王家の風潮はあったものの、それを考慮してなお彼女の経歴の薄さは眼を引くものがあった。

 彼女の名は奇しくもサンゴール王女としてではなく、その座を還して【封印巡礼】となってからの方が広く世界に知られることになる。


 ミルグレン・ティアナ。

 

 聖キーラン歴1000年に始まる深い霧の時代に、それを晴らそうと動いた数多の冒険者の中で最も強い輝きを残すことになる一人である。

 サンゴールを出て後【エデン天災てんさい】終結後、戦場から無事に帰還した彼女は封魔ふうまの弓を北西の神殿に封じた後、再び歴史の舞台から姿を消してしまった。

 彼女がどのような人物であったのか、記されている文献は一切存在しない。

   


◇   ◇   ◇


 王女ミルグレンは活発な少女だった。


 誕生した同じ年に父親を失った姫は六歳になっていた。

 幼い王子や王女にも厳格な教育が施されるサンゴール王族の慣例なのだが、ミルグレンは例外的に王宮で自由に育てられた。

 これは母親の存在が大きいだろう。

 他国から嫁ぎサンゴール女王とまでなったアミアは、娘であるミルグレンをそれまでの古い慣習とは切り離して育てさせた。

 子供の明るい笑い声とは無縁なサンゴール王宮だが、この時期だけはミルグレンがいる場所にだけは、兵士や侍女達の笑い声が絶えなかったと言われている。


 ミルグレンとは、そういう少女だった。


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